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第1話
「絶対に秘密だよ」
そう言われて、転校先で知り合った光に連れられて、伊奘諾尊を祀る三間坂神社の境内にやって来た。
境内には人がまばらで、初夏の風が気持ちよく頬を撫でていく。
光は高1にしては背が高く176センチの長身で、165センチしかない僕とは目線が合わない。
顔は憎らしいけど、目元がキリッとしてて全体として爽やかな感じだ。
おっと、僕は男に興味がある訳じゃないから誤解しないでよ。
「何故、神社が秘密なんだよ?」
勇士は首をかしげた。
「この神社の裏手に山が見えるだろ」
断崖絶壁だなと勇士は山を見上げた。
「頂上に祠があって、神様が奉られていて、願い事を何でも叶えてくれるらしい」
よくある七不思議みたいだな。
「行ってみないか」
「え?」
「何だよ。目の前に山があったら登りたくなるだろ?」
お前は登山家か。
「でも、神社の祠に奉られてる神様なんて秘密でも何でもないんじゃないの?」
「ああ、あの山は禁足地ってやつで、何百年も誰も登った事がないらしい」
「ダメなやつじゃん」
「何だよ。男なら冒険しなきゃだろ」
爽やかな顔して、実は悪戯っ子って、女だったら大騒ぎだな。
「どうせ、行くって言うまで説得する気なんだろ」
「出会ったばかりなのに、俺の事よく分かってるな」
「ああ、分かりたくなんてなかったけどな」
勇士はブツブツ文句を言った。
「早速行こうぜ」
「はい、ちょっと待った~」
「さっきから何なんだよ」
こっちの台詞だよ。
「禁足地なんだよね?あんな断崖絶壁に登るんだよね?」
「まあな」
何故か自慢気な光にイラッとした。
「普通は禁足地には入れなくされてるだろうから、夜になってから行った方がいいと思うよ」
それに断崖絶壁に登るなら、登山靴とかピッケルとかロープとか必要な物を調べないと。
食料が必要かもしれないと付け加えた。
「ちょっと登って、直ぐ帰ってくるつもりだったのに」
「いや、ちょっと登って帰ってくる高さじゃないんだけど」
「分かった。じゃあ、いつにする」
最初は文句を言っていた光も、準備をして挑む事にワクワクし始めたようだ。
実は僕も都会育ちで散歩コース登山しかした事がなかったから、少しだけ楽しみだった。
特に友達とこんな冒険なんてした事ないと思う。
「じゃあ、金曜の夜に夕飯食べてから集合するとして、必要な物を調べておこう」
◇◆◇
家に帰り風呂に浸かりながら、山の天辺の祠には何が奉られているんだろうと考えていた。
何百年も誰も登ってないなんて、何か理由があるのかな?
「勇士、いつまでお風呂にはいってるの。早く出なさい」
「もう出るよ」
考え事をしていたら、いつの間にか長風呂になっていたみたいだ。
勇士は急いで湯船から出て体を拭きジャージに着替える。
「登山ってジャージでもいいのかな?パソコンで調べてみよう」
パソコンで検索したところ、登山靴、バックパック、レインウェア。
これらが登山装備の「三種の神器」と呼ばれる物らしい。
最低でも一日分の水や食糧、行動食、防寒着、レインウェアをバックパックと呼ばれるリュックに詰め込む。
登山靴も底の分厚い物で、スニーカーなんてもってのほか。
岩登りを検索すると、初心者への注意点がズラズラ書かれていた。
これは明日、光にも見せた方がいいかもな。
URLをコピーして、自分と光のスマホのメールに送っておいた。
「もう寝るか」
ワクワクして眠れないなんて小学生かと突っ込みをいれていたが、いつの間にか眠っていた。
◇◆◇
「おうっ、メールサンキュな」
「URL開いて読んだ?」
「散歩コースの登山みたいの想像してたけど、記事の荷物見たら想像と違ってた」
「鎖場は何百年も使われてないなら、ないよね?あっても鎖は補助的役割だってあったよ」
「3点支点とか足を縦に保つとか、岩場にくっつかないとか俺達に出来るのか」
「いきなりは無理そうだね。近くの大岩を使って練習した方がいいんじゃない」
「あと装備も金かかるな」
「あっ、父さんと母さんが登山が趣味で、一式揃ってるから貸してもらえるよ。靴は無理だと思うけど」
「靴は新しいの買うから、他のは頼んでくれよ」
光は靴以外の装備品が借りれる事に大喜びで、勇士も嬉しくなった。
「僕も買うけど新しい登山靴って、徐々に慣らしていかないといけないんじゃない?」
「ああっ、靴擦れとかな。大岩登る時に、新しい靴で練習するか」
「うん」
勇士の両親が見付けて利用している駅前の登山道具を売る店で、光と勇士は自分に合う登山靴を手に入れた。
そして5M~10Mもある大岩がゴロゴロしている渓流沿いで放課後岩登りの練習をした。
岩登りした後は河原に座って、おにぎりを食べた。
登山に必要なエネルギーと筋肉を付ける為に、しっかりと食べろと勇士の母が持たせたくれた。
「いつも悪いな」
母は3つ作るのも6つ作るのも同じと光の分も握ってくれた。
「勇士の母ちゃんの握り飯、マジで凄いよな」
勇士の母の握り飯とは、オカズを持たせる代わりにご飯の中に大きなオカズを入れているのだ。
一つにはゆで卵か卵焼き。
一つには梅干し3個か昆布の佃煮等。
一つには角煮や鮭が入っている。
それに合わせて、おにぎりもデカイ。
そんな応援をしてくれる両親には、この大岩で練習していつかエベレストに挑戦するんだと言っておいた。
勿論、そんなつもりはなかったが、両親が妙に乗り気で喜んでるのが、申し訳なかった。
光は外見は細く見えていたが、体を鍛えているらしく大岩も腕と脚の力で軽々と登っていった。
勇士は腕力に自信はないが、少しずつコツを掴み10Mの大岩も登れるようになっていた。
「お前、少しだけ筋肉付いたんじゃないか」
光が勇士の二の腕を掴む。
「そうかな?」
光の大きな手に掴まれた腕は、まだまだ細かったが、確かに力瘤が出来るようになっていた。
週末の金曜日に登る筈だったのに、いつの間にか登山の練習に1ヶ月が過ぎていった。
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