ビニールの傘越しの

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 夕方より少し早い時間、春雨が降る中の部活帰り。手元で傘の持ち手をゆっくり、くるくるくるくる傘を回しながら、ぼーっと歩いていると、「冷たっ!」と低い声が聞こえてきた。  その声にはっとして、傘を回すのを止めて、立ち止まって、声のした方を見ると、そこには上下ジャージ姿のむすっとした顔の同級生が立っていた。一瞬(なんやろ?)と思ったけど、くるくるくるくる回していた傘の露先から飛んだ雨水のせいやと理解する。  慌てて「ごめんっ!」と言いながら、ハンドタオルを取出そうと右手をポケットに伸ばす。その様子を見て彼は、「ある」と一言。そして、左肩にかけていたトートバッグからスポーツタオルを取り出し、顔を拭き出した。その様子を見て、行き場のなくなった右手を傘の持ち手に戻す。  同級生の彼...佐藤君をじっと見ているのもどうかと、何となく足元を見る。するとそこにはここ二~三日降っている雨と風で散った桜の花弁が落ちていた。  顔を上げ、足元から先を見ると、うっすら歩道に、道路に桜の花弁が広がっていた。そこから何となく視線を歩道に戻し、少し先の奥に視線を移すと、人気のなさそうな公園が見えた。何となくその公園が気になって少し歩いてみると、木々の隙間から少し桜と葉桜が見えた。  もう少し歩いてみると、木と木の間に人が一人通れる位の隙間(空間)があって、誘われる様にそこに足が進んで行く。  隙間は思ったより狭く、幅に合わせて体を屈めて傘を半分位すぼめて通ってみた。  何とか通れたけど、低いとこから延びた枝や葉、足元に茂った雑草についた水滴で肩とか足元とか濡れてしまった。ちょっと立ち止まって、さっき使いそびれたハンドタオルで拭いた。そして再び進むと遊歩道に出た。  遊歩道を見渡すとそこにはこのニ~三日の雨・風で散った桜の花弁が広がっていた。花弁はあまり踏まれてないのか、きれいなピンク色をしていて、それがなんか新雪みたいで、思わず傘を放り投げて、遊歩道を走り出す。 「そこのアホ!傘、放り投げて、風邪引きたいんか!」 佐藤くんの声が聞こえて、立ち止まって声の方を見るとやっぱり佐藤君で。傘をさしながら落ちてる傘を拾って「あほっ」と、言いながら渡してくれた。 「佐藤君、傘ありがとう...」と言って、ふと思い出す...あのまま放置したことを。  すぐに「あのまま放置してごめん」と謝った。 「そうや。あのままオレを放置して、急に歩いていくし、心配になって後着いてきたわ」 「ごめんて。なんか人気のない公園が気になってしもてん」 「気になってしもてん...て。心配して後着いてきたらこれやし...山田、あんた子供か?」 「う~ん...ある意味子供?ヘヘッ」 「ヘヘッ...と違うわ。笑ってんと、早よ傘かぶれ!あと、これで頭とか拭け!」 そう言って佐藤君がトートバッグからスポーツタオルを出して、軽く投げてきた。  思ったより手前でスポーツタオルが落ち出し、駆け出して地面すれすれのところでキャッチ出来た。思わず「ナ~イス」と言ってしまった。横から「あほか...」と聞こえたけど、聞こえないふり。  受け取ったスポーツタオルで丁寧に濡れたところを拭き取って、軽く折畳んで佐藤君に「ありがとう」と言って返した。「おぅ」と言って、ぶっきらぼうに受け取ってトートバッグの中に仕舞った。  そして、そのまま立ち止まり暫く二人で少々葉桜混じりの桜を見る。 「きれいやなぁ」と口に出ていた佐藤君。でも本人は気が付いていない様子。「ほんまやなぁ」と返したかったけど、でも、何となく今は違うような気がして止めといた。  桜を見続けていると、突風が吹き、木々の枝が激しく揺れ出し、花弁が舞い、当たり一面花吹雪となっていた。私は突風で足がとられ、傘で飛びそうになり。佐藤君は傘が飛びそうになっていたけど、何とか踏ん張っていた様で。  少し待っていると、風がおさまってきた。 「なんか、凄い風やったなぁ」 「ほんまに...私、傘ごとどっかに飛ばされるんちゃうかと思ったわ」 「メリー・ポピンズか!」 「メリー・ポピンズ?何それ?」 「......」 答えが間違っていたかのか、何となく気まずい雰囲気になってしまった。でも、知らんもんは知らんし、しゃーないやん...とぶつぶつ呟きながらいじけた。 「あっ!」と気まずい雰囲気を変えるかのように佐藤君が声を出した。 「どうしたん?」と聞いてみたら「そのまま...傘、高くして見てみ?」と言われたから、肩にのせていた中棒を離して、少し傘を高く持ち直して言われた通り見てみた。 「.........!えっ?ピンク?...桜の花弁いっぱい付いてる...」 只のビニール傘が花弁で可愛い傘に変わっていて驚いた。 「なんかわからへんけど、色々条件が揃ってんやろうなぁ。風で舞い上がった花弁が、うまいこと山田のビニール傘に沢山くっつきよった。こっちから見てても綺麗やわ…山田...」 佐藤君の声が急に小さくなって、その変わりに急に顔が赤くなって、顔を反らされた。 「えっ?私が何?」 「き、綺麗なんは山田と違って、山田の持ってるビニール傘や」 顔を赤くして顔を反らしたまま、ぶっきらぼうにいらんことを言った佐藤君。 「そんなん言われんでも分かってるっ!」 なんか妙に(かっちーんっ)ときて、むっとして言い返した。すると、私が言い返すと思っていなかったのか、はっとして私を見た佐藤君。 「いやっ、ごめん!あの、怒らすつもりはなかってん!あの、ちょっと...」 「何がちょっと?」 「いやっ、あの...だからっ...あ"ーっ...」 と悶えながら、その場に屈みこんで、下から赤い顔で、うるうる目で見つめられた。 「そんな目で見たってあかんでー!」 「う"っ...分かってる...」 う"ーっとまた悶えながら膝に顔を埋めた。こんな状態の佐藤君を上から見ていて、(あっ、これ、アカン。これアカンやつや、やりすぎや...)とふと我に返った。  佐藤くんの横に屈み、肩を叩く。 「佐藤君、ごめん。きつく言いすぎた。責めすぎた」 そう声をかけると、顔を上げてくれた。でも顔は赤いまま。 「いや、オレも嫌な言い方したし、ごめん。ピンクになった傘持った山田見たら、凄い似合ってて、可愛いなぁって思ってん。でも、なんか恥ずかしくなって...いらん言い方してしまった」 「えっ?私、可愛い?えっ、ええっ?」 まさかそんなこと言われると思ってへんかったから、勝手に顔が赤くなるし、頭は白くなるし、穴がなくても入りたくなった。 「恥ずかしいついでに言うわ。山田の傘で花見したいんやけどいい?...あっ、違う...言い方間違えた。山田の傘で花見したいし、オジャマさせて」 そう言って使っていた傘を道に置いて、立ち上がりながら私に近付き、左手で傘を奪って、右手で背中を抱き支え、立ち上がらされた。  傘を少し高く持ち上げ、耳元で「傘、見よ?」と言われて、見た。 「...綺麗やなぁ」 「ほんまにな...」 暫くそのまま見入っていると、ふと佐藤君の顔色が気になって、見上げらながら、ちらっと横目で見ると、もともとの顔プラス耳プラス首まで真っ赤っかになっていた。
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