龍前の特別

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龍前の特別

 釜萢は自身の行動を、国嶋が豊増の尻尾を掴むきっかけにしてほしいと考えた。  だから宇佐美をどうこうしたかったわけではないし、ましてや犯罪に加担したつもりもない。捜査の一環と思っている。 「龍前と豊増で、方針が合っていないらしい」  出国間際、釜萢は教えてくれた。  龍前に恋慕する豊増は、結花の存在そのものを消し去りたい。  レクイエムがあれば簡単だが、龍前に抑えられている。 「指名手配は出たのだろう」  比嘉の問いに、ゆっくり頷く国嶋。  先ほど釜萢から聞いた話しでは、藁人形を結花へ渡す代わりに、自殺幇助なんて馬鹿な真似はもうやめろと豊増に伝えたそうだ。  すると豊増は安楽死の必要性を力説した、これは人助けであり・人殺しではないと訴える。心を入れ替える気など毛頭ない。  死ぬ権利を認めている諸外国も多い中、外務省は恥ずかしくないのか。  日本は先進国でありながら遅れている。  大麻も安楽死も違法で・死刑制度は残る、そんな話しをされた。  実はGPSが仕込まれ企みがあったとは、夢にも思わなかったから。  何もないとも思わないが、渡すくらいいいかと軽い気持ちで請け負った。  豊増との接点を優先した。  釜萢個人の考えとしては、共感できる部分もある。  それでも人として超えてはならない(ライン)は存在するわけで、果たして本当に救いとなるのか。  豊増だって悩んでいた、釜萢の言うことは尤もだ。  自身の正義を貫くこと、法を犯すこと。  時代が豊増の考え方に追いついていない、まるで未来の薬(レクイエム)のように。  龍前が欲するのは運命共同体だ、彼を応援し尽力する者。  豊増で言うなら整形、財力、医学の知識。  女性として豊増が求められた時期もある、しかしそれは終わったこと。  彼は豊増を何度か抱き、違和感の正体に気づいた。  残念ながら豊増は、龍前の特別になれなかったのだ。  その真実に気づいた時、豊増の中にあったのは悲壮感ではない。  (はらわた)煮え繰り返る思いで、怒りの矛先を定めた。  龍前は利用するでも遊ぶでもない、ただ割り切った関係を望んだ。  彼に豊増との関係を進展させる気などサラサラなく、その心中には既に決まった人がいた。  それなのに何故、他の女を抱けるのか。  豊増の方が年上なのに、場数も踏んでいたはずなのに、大人な対応もできず縋った。泣きながら無様に、それは惨めに。
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