遅滞

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遅滞

 間もなく龍前から相手にされなくなる、距離を置かれるようになってしまったのは自分のせい。  否、悪いのはあの女、と豊増の思考から、冷静な判断力が失われた。  過去の人間のくせに、いつまでも龍前()の心に住み着き美化されるなど、豊増には到底許せない。  命のやり取りなら職業上、医療現場で何度もあった。  だから今度こそそのやり取りを通し、本当に過去の女としてやるのだ。  理性を欠いている、周囲が見えていない。  そんな自覚はあったが、豊増の決意は固かった。  飛行場内が騒々しくなり、案内放送(アナウンス)が頻発する。  国嶋たちが旅券を手配した便も、遅延していると聞かされた。  到着予定の中部国際空港(セントレア)で危険物が見つかり、点検中とテロップが流れる。足止めだ。  国嶋は未だ搭乗開始されない飛行機を睨むと、小さく拳を窓硝子にぶつけ歯を食い縛った。 「ただでさえ着いてから市内まで、移動に三十分はかかるんだ」  偶々居合わせた羽田から、便があったのは良かった。  車より余程速いから。それでも飛べなければ、いつ合流できるのか。  珍しいな、と比嘉は言う。同期の中では付き合いの深いふたりだ、互いの私生活(プライベート)や半生についても他の職員よりは知っている。 「今まで、そこまで入れ込んだ彼女もいなかっただろう」  比嘉の急な指摘に、国嶋は気の抜けた顔で返す。 「そうだろうか、そこまで興味がなかったのかもな」  歴代彼女や身体の関係だけを持った女性も、自己主張の強い(タイプ)が多かった。  だから国嶋が例え受け身でも、彼女から望むことは全て口頭で指示されていたし、それに応えてさえいれば波風は立たない。  告られ付き合っても、最後に振るのはついていけなくなった国嶋の役目。  別れる頃には彼女も国嶋のつまらなさに気づいていたから、後腐れない場合が多かった、釜萢を除いては。  梅干野と志岐は東京駅にいた、新幹線も足止めだ。  名古屋-三河安城間の線路脇斜面で火災が発生したため、遅延しているらしい。 「上下線の一部区間で運転見合わせか」  梅干野はいつ動くか分からない掲示板を眺めた。名古屋駅は今頃動かない新幹線のせいで、足止めを食った乗客たちで大混雑していることだろう。  高速の行き先表示にも、まだ名古屋の文字は現れない。結花のスマホに未登録で十一桁の番号から着信が入り、同乗者は静かに気配を消した。  相手が判らない。通話ボタンをタップするなり、はい、とだけ伝えた。
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