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感謝の気持ちはいっぱいなのに、次の言葉が出てこない。
幾らありがとうばかり繰り返したところで、全然足りないのに。
結花は泣きそうになった。
死ぬなよ、と雲英は言うと窓を閉め、やがてセダンは去っていった。
感傷に浸る間も与えてくれず、柴岡から着信が入る。
『救済会がこのタイミングで、各支部での集団自決を始めました。
北と南の端から始まり、時間差で波が中央に向かっています』
生配信が始まったのだ、ネットで騒がれ視聴者が多い。
「代表が本部、豊増は東京で間違えないでしょうか」
結花のこの予想は当たっている。
『無駄死にを減らすため、各支部へ直接現確に向かわなくてはなりません。
救済会が拠点を有する都道府県の警察が動きます』
警察が分散されてしまい、また通常業務を滞らせるわけにもいかず、本部に回せる人員が減る。
『会員は洗脳もしくはそれに準ずる、例えば違法薬物による心理的操作を受けている可能性が高いです』
金山周辺に到着した、思えば今日は律の誕生日だ。
懐かしの故郷はすっかり夜。
今日は救済会の祭りだから、ホールに集められた会員たちは笑気ガスを吸い込み、全員大爆笑している。
何故かなんて理由は分からないが、気づけば顔が笑っていて、それは自分だけじゃない。
この現象は本来、気体の作用で顔が痙攣しているだけだ。
その実、笑ってはいない。しかし幸せな雰囲気が、辺り一帯に立ち込めた。
『チャットで繋がったと思われる各人も、自宅で自殺を始めています』
受話越しの柴岡の声が悲鳴に変わる。
全国ネットのTVやラジオで、臨時ニュースと緊急テロップが流された。
【救済会 集団自決を開始】
「ここで予定を変更し、ニュースをお伝えします」
全局ジャックと呼べるだろう、各CH一斉に報道部のアナウンサーに切り替わり原稿を読み上げる。
「現在救済会は、各地で集団自決を開始しています。
在宅での自殺も確認されており、救急車の適正利用をお願いします。
ご不在の方がいらっしゃるお宅、ひとり暮らしや部屋を分けて生活されているお宅は今一度、ご家族の安否を確認してください。
もし救済会の動画を誤って見てしまっても、落ち着いて画面を閉じましょう。繰り返します」
局の訴えも虚しく、面白半分に救済会の動画をあえて拡散する者たちもいる。
震災以来、また選挙開票以外での一斉報道というこの異常事態が、冷やかし半分の人間や怖いもの見たさの面々の心に火を点けてしまった。
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