三百六十五日の

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「好きです」  僕らの関係はその嘘から始まった。    どんな子がタイプかと聞かれてなんとなく「法学部の中川さん」と答えると、目の前に本人がいた。  友達と歩いていた彼女は「え?」と困惑した声を出し、立ち止まった。  接点はない。  サークルの新歓で同じテーブルに居ただけで結局彼女は違うサークルに行ってしまったから、喋ったこともない。 「新歓来てたよね?」と僕の友達が言い出し、彼女の友達も「ほら、行きなよ」なんて煽って。  そういえば今日は四月一日だ。いざとなれば誤魔化しが効くと思って、軽い気持ちで嘘を吐いた。 *  プレゼントを買った。 「姉がいらないって言ってたから、あげる」  遊園地の前売り券を購入した。 「友達からもらった余り物だけど、一緒に行かない?」  一ヶ月記念日にちょっといいレストランを予約した。 「前から気になってて、僕が行きたかっただけだから」  深夜のバイト終わりに、お店の前で待ち伏せした。 「わ、びっくりした〜。今帰り? 家まで送るよ。いやほんと、たまたま、僕も友達と飲んでてたまたま、会えただけだよ」  もともと綺麗だとは思っていたので、嘘が本当になるまで時間はかからなかった。  でも何故か気恥ずかしくて、嘘ばかり吐いた。  最初は不安そうな顔をしていた彼女だが、時間が経つにつれ微笑むようになった。 「嘘が下手ね」と言って、僕の手を握ってくれた。  些細なことで喧嘩したのは一周年記念日を間近に控えた日のこと。キッカケも覚えてない程くだらない事が原因だったけど、最後に告げた言葉だけは覚えてる。 「ノリで告っただけだから。好きじゃないよ、最初から別に……好きじゃなかった」  驚いた彼女が言葉を失って、居た堪れなくなった僕は彼女の部屋を飛び出した。  最初の嘘は墓場まで持っていくつもりだった。  嘘だよと言いたい。  あれは嘘なんだ、全部嘘だよわかってるよね?  わかってくれるよね?  だけど、待てど暮らせど彼女から連絡はなくて、謝るタイミングを逃して言い訳もできなかった。 「エイプリルフールだったらよかったのに」  そんなことを呟いてみたけどよく考えたら、僕は嘘ばかり吐いていた。  彼女と過ごした日々は毎日が、エイプリルフールだった。 *  電話がかかってきたのは喧嘩の日から一週間後、一周年記念日の日だった。 「久しぶり」と言われて「うん」と返事をして。  今日が四月一日だと気がついて泣きそうになった。 『元気してた?』 「うん」 『もしかして寝てた?』 「うん」 『そっか、ごめんね電話して。迷惑だった?』 「うん」 『そっ……か』 小さくなる彼女の声。  嘘だよ、全部嘘でーす。エイプリルフールだよ今日、一年に一度、嘘をついていい日だからさ。    嘘だよ。  その一言が言えず沈黙が続きしばらくして、彼女が声を発した。 「ちゃんとしたほうがいいかと思って」  一方的に話をする彼女が言うには、  このままではよくない。  別れるならきちんと別れよう。  荷物を取りに来て欲しい。  好きじゃないなら「好きじゃない」って、はっきり言って。  そんな感じのことだった。  最後の方は言葉を詰まらせて、彼女が泣いているのが電話越しにでも伝わってきた。 『なんとか言ってよ。いつものように……嘘を吐いて』  静かな部屋で、聞こえてくるのは彼女の泣き声だけ。  そうだ、嘘をつけばいい。  いつものように、誤魔化すための嘘を。  だって今日はエイプリルフールじゃないか。嘘をついても許されるんだ。誰も怒らない、誰にも怒られない。  この場を乗り切る嘘を、彼女の涙を止めるための……  僕はなんで今まで、嘘をついていたんだっけ? 「……いやだ」  僕の言葉に、電話向こうの彼女が「え?」と声を上げた。 「いやだ、別れたくない。ごめん、酷いこと言ってごめん……ちゃんと話したい、やり直したい」  僕はなんで嘘をついていた?  嘘から始まった恋だから?  エイプリルフールでもないのに……  彼女が笑ってくれたから。 『好きです』  その言葉を聞いた彼女が笑った。  初めて嘘をついた日、告白したあの時。  知らない男に好意をもたれて不安そうな顔をした彼女が、ちょっとだけ、笑ったのだ。  プレゼントをあげた日、遠慮する彼女を安心させたくて嘘をついた。  遊園地のチケットを渡した時、彼女に申し訳ないと思って欲しくなくて嘘をついた。  記念日に高級レストランを予約したのは、彼女を連れて行ってあげたかったからだ。  夜道を一人で歩いて欲しくなくて心配で、バイト先まで駆けつけた。  嘘が必要だったのだ。  この一年間、僕らが仲良くなるために必要な言葉だった。  だから今、三百六十五日経って僕が言うべき言葉は、 「好きです」  やっと本音が言えた。  せっかくのエイプリルフールだというのに僕はその日、彼女に嘘がつけなかった。
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