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数日後札幌近郊に所在する刑務所に入所してから、処置室にて身体検査が行われその後すぐさま散髪も行われて短髪姿の自分が鏡に写ると心は冷静なほど落ち着いていた。 刑務官から指示された雑居房に入り、他の受刑者とともにその場に居座っていた。ある一人の受刑者が私に話しかけ何の罪でここに入ってきたのか尋ねてきたが、あまり話したくないというと舌打ちをされた。 部屋の隅に身を寄せながら格子の付いた小さな窓から漏れてくる太陽の光をただひたすら眺めていては、函館にいる両親や札幌にいる別れた妻の事、そして紗奈やその両親の事を思い出しては時間を潰していくように過ごしていった。 所内で与えられた作業も不安になりながらも、いつしか身体に馴染んできてはこなすようになっていった。時々就寝中に同室や他の雑居室から唸り声のような雑音が響き渡っては看守らが注意をし、その(おぞ)ましさの中でも己の心身が折れないようにひたすら忍耐を要求されていった。 ──五年が経ち初秋の時期に差し掛かったある日、他の受刑者同士が口論となった事で同室の受刑者らがそれぞれ別の雑居房へと移されて、私も新しい雑居房に入ったあと作業で稼いだ僅かな賃金を使い便箋と封筒、鉛筆を手に入れて、看守が見張る中私は函館の両親の元に手紙を書いた。 一筆したためて封書に入れてから閉じた後に看守に郵送してもらうよう頼み、また無の時間をどのように過ごしていくか考えていると、刑務官が鉄格子の手前に立ち、私に面会が来ているので出るように促された。面会室で待機していると、看守とともに二人の女性が中に入ってきて、顔をよく見ると笠原が自分の母親と訪れてきた。 「元気そうだね」 「先生も、あまり変わらないね。」 「通院している事を伺っている。今日はどうだ?」 「事件当日からはだいぶ安定している。去年当時の男子生徒だった保護者と面会して示談した」 「それで、相手は何て言っていた?」 「要求した示談金の通りに支払うと言われた。でも、それだけじゃ何も終わらないって言い返した」 「そうか……。ひとつ聞きたい」 「事件の事?」 「裁判の時、どうして僕から襲われたと嘘の証言を作ったんだ?」 「……紗奈が、指示してきたの」 「紗奈とは音信不通だと言っていたよね。ずっと隠していたの?」 「ごめんなさい。紗奈が両親と別の街に引っ越したあと、向こうから連絡が来て……男子生徒たちに犯行をやるように仕向けたのも紗奈だった」 「何の理由で?」 「私達家族が夜逃げするようにいなくなった時に……先生が探してくれなかった事が悔やんでいたからって……」 「他には?」 「私の身体を引きちぎって一部を持ち出してでも……一緒に福江に連れ戻してほしかったって言っていた。私も同感した。あの時何で紗奈を追いかけなかったんですか?」 「警察に捜索してもらうよう頼みはしたんだ。結局詳しい事情がわからず、そのまま話が流されたんだ」 「そうなんだ……ねぇ、今先生は紗奈の何にあたる人?」 「婚約者と言いたいが、許されない人間の一人だ」 「それでも、愛してはいる?」 「ああ。愛を持っていつも彼女の事を思っている。それには変わらない」 「私も先生がここに来てから、紗奈とは連絡が途絶えた。今、どこにいるのかさえわからない」 「探さなくていい」 「どうして?」 「彼女は子どもを抱えている。私達を考えている場合ではないはず……だから、そっとしておきたい。笠原も自分の事を考えていなさい。関わる人達皆んなの為だ」 「また、来てもいい?」 「許す限りはいい。ただ、僕はあまり会う気がないんだ」 「え……?」 「今は大学生だよな?」 「はい」 「まずは就職の事を考えてほしい。僕は後回しでいいから、できるだけ忘れるように夢中になれる事を見つけなさい。僕が言える言葉じゃないけど……君は、幸せでいてほしいんだ」 「まだ恋人とかいないけど……分かった。先生を忘れるくらい良い人見つける。絶対、私を分かってくれる人を見つけるよ。……先生、ありがとうございます」 「正直に話してくれてありがとう。……お母さんも、志帆さんを見守ってあげてください」 「こちらこそ、娘が不手際をかけてすみませんでした。一日でも早く出所できるように、ご健闘祈ります」 二人が帰った後雑居房に戻りしばらくして待機していると、他の受刑者らが花札などで熱中しているなか、刑事施設で管理する官本を借りて壁側の机の横に座り読書を始めた。一人の受刑者が私に向かって一緒に花札をしないかと話しかけ、見ているだけでも結構だ、面白いと返答すると鼻で笑いおかしな人だと言い返していた。続けて読書をしているうちに夕食の時間になり、やがてあっという間に就寝の時間となる。 周囲が寝静まるなか、私は今日面会に来た笠原の事を思い返していた。彼女は会話の中で新たな真実を私の裁判当時に担当した弁護人に改めて打ち明けたいと言っていた。 通用するかは不明だが、私の刑期が短縮できるよう努めたいという思いでいると告げていた。後日笠原は両親と一緒に検察庁の弁護人の元を数回にわたり訪れては相談をしていったが、三人の容疑者の男たちが事実を話してくれない事を理由に、難航を余儀なくされていったのも無念だと告げ、のちに私の耳にも入った。
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