エイプリルフールおじさん

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   *  後藤田元春五十四歳。  高校卒業後、株式会社ベータ包装に入社してはや三十年以上経つ。社内では五指に入る古株職員だ。  酒と女、パチンコが趣味という古風(?)な嗜好を持ち、エイプリルフールに限らず常日頃から若手や女性社員をからかっては反感を買ってばかりいる。そんな彼が野放しにされている理由は、後藤田の仕事内容が特異であるという一点に尽きる。  後藤田の肩書は管理長。管理と言っても総務や経理とは異なり、工場内に無数に存在する機械計器類の維持管理を指す。それを彼は、たった一人で担っているのだ。  工場内には古い機械も多く、設計図のないものや取替部品が生産終了になってしまっているものも数多くある。それら機械も現役で稼働しており、もし故障して動かないなどという事態になれば、大変な騒ぎに発展しかねない。そういった事態を何とか防げているのは、彼が長年培ってきた知識と経験のお陰なのである。  つまるところベータ包装において彼は唯一無二の、代えのきかない人材なのだ。  無論、会社でもこの状態をよしとしているはずもない。後釜を育てようとこれまでにも何人か部下を付けたものの、後藤田の人間性を前に、潰されて終わるのが関の山だった。 「当たり前だろ。俺がどんだけ苦労したと思ってるんだ」  彼が新卒で入った頃は社内のどこを見てもマニュアルなどなく、先輩や上司の気分一つでどやされたり、酷い時にはげんこつで殴られる事もあるという理不尽な時代だった。  彼は現状の立場を非常に心地良く感じていた。自分に対してうるさく言える人間は皆無であり、自分以外にできない仕事はやり甲斐もある。唯一の欠点は、孤立した業務ゆえに時に孤独を感じるという点にあった。その発露が他の従業員に対してのイタズラに繋がっているのだが、後藤田自身に自覚はなかった。彼はただ単に、弱者を嬲る事で興に入っていただけである。 「さぁてと、そろそろまた遊んでやるか」  十時の休憩を終えた後、後藤田は立ち上がった。新たな獲物を探しに出かけたのだ。
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