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四月一日。
人をからかう事だけが唯一の楽しみである後藤田元春にとって、その日は年に一度の特別な日だった。
従業員駐車場に一台、また一台と入って来る車の中に、この春でようやく二年目を迎える坂下大志の顔を見つけて、何食わぬ顔で近づいていく。
「よぉ、大志」
「おはようございまーす」
前の晩遅くまでゲームでもしていたのか、挨拶と同時に大志は大きな欠伸をした。
「お前も出世したもんだ。ずいぶんと余裕だな」
「そうですかぁ?」
「だってアレだろ? お前、四月から第二工場に行くんだろ?」
「第二工場?」
大志は今ようやく目が覚めたと言わんばかりに声を裏返した。
「異動の辞令、食堂に貼り出されてたじゃねえか。もしかして見てねえのか。急いで行かないと朝礼間に合わねえぞ」
「えっ、本当ですか? 辞令っていつ……」
「いいから四の五の言わずに急いだほうがいいぞ。第二工場は遠いからな。あそこの女帝のキツさ知らないのか? いったん目つけられたらお先真っ暗だぞ」
大志は目を白黒させて、慌てて飛んで行った。その後ろ姿を見送りながら一人ほくそ笑む後藤田は、次に後からやってきた入社六年目事務担当の羽田知里に目をつける。
「知里ちゃん知里ちゃん、おはよう」
「あ、おはようございます」
警戒されているのか、知里の笑顔はぎこちない。その反応がむしろたまらないとばかりに、後藤田は知里の腰のあたりを指差した。
「スカートのお尻、破けてパンツ見えてるよ」
「えぇっ!」
知里は仰天するも、嘘だとわかると顔を真っ赤にして後藤田を睨みつけた。
「怒った顔もカワイイねぇ。エイプリルフールエイプリルフール」
知里のささやかな抵抗も後藤田に対しては暖簾に腕押し、糠に釘だ。後藤田は口笛を吹きながら「またね」と立ち去った。
「この間の作業報告書、専務がカンカンに怒ってたぞ。謝りに行った方がいいんじゃないか」
「何やってんだ! 配送のトラック、とっくの昔に到着してドライバーが待ちくたびれてるぞ!」
「お前が作った製品、お客からクレーム来てるって聞いたか?」
その後も会う人会う人、大なり小なりの嘘をふっかけては相手の慌てぶりを見て喜ぶ。そのくせネタばらしもしないまま放置するので、社内はそこかしこで混乱が生じた。
「後藤田さん、毎年毎年相変わらずですね。今年はこのへんで勘弁しておいてくださいよ」
「最近の若い連中はエイプリルフールもろくに知らないんだから。困ったもんだよ。はっはっはっ」
見かねた工場長がやんわりと止めに入ってもどこ吹く風。後藤田は他人事のように高笑いするのだった……。
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