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第一章・春夏 1ー①
隣の県から通学している湊は、通学時間に1時間は掛かる上に、バイトを終えて帰宅すると、いつも10時を過ぎてしまう。
勿論、サークルなどに入って大学生活を楽しむ時間も無かった。
元より草食系な事も相まって、彼女を作ってエンジョイするゆとりも無かった。
女の子に付き合って欲しいとアタックされた事もあったが、湊の天然さが災いして彼女の気持ちを汲み取れず、付き合う前にその関係が終わってしまう。
だが、元より性的欲求も薄い湊は、そんな日々にも不満を感じた事がなかった。
「湊~!月島教授の講義、取ったか?」
大学で知り合った青木真悟は、地味な湊とは真逆の、今時の派手な大学生だった。
髪の毛はディップで毛先を遊ばせて、金髪に近い色に染め、ピアスも6つも開けた、悪目立ちする程の派手な男だった。
「取ったよ。真悟も取ったのか?」
「勿論、取ったよ。湊の取りそうな授業は全部!俺は湊を愛しちゃってるからさ~」
真悟は自分はバイセクシャルだと公言していて、事ある事に湊へアタックして来た。
湊は性的志向に関して偏見が無かったし、大学では特に仲良くしている友達も居なかったので、明るく接してくれる真悟の存在は純粋に嬉しかった。
「そんな事言って、お前、こないだも二股かけてモメてただろう?女の子同士で流血騒ぎになって大変だったじゃん」
「今、付き合ってるのは男の子だよ。あれは遊び!それでも湊が付き合ってくれるなら、全員と別れても良いんだけどな~」
「ハイハイ。そうですか」
湊が適当な返事で返すと、ポケットの携帯から呼び出し音が流れた。
「え?アッシュ?」
「アッシュ?何、それ?」
真悟は日本人とは思えない名前に不自然さを覚えた。
「もしもし、アッシュ、どうした?……え?今、どこ?……ちょっと待って!今から行くから!」
スマートフォンの電源を切ると足早にその場を離れた。
「真悟!ゴメン!また後でな」
「オイ!アッシュって何だよ?!」
「友達~!」
湊は全速力で正門まで走った。
門の柱にアッシュは凭れて、湊を待っていた。
その姿はまるで写真撮影をしているモデルのようで、通学してくる大学生の視線を一身に集めていたが、本人は気にも留めていなかった。
「アッシュ~!」
「ああ、ミナト!来てくれて助かりました!」
湊はアッシュを連れて校舎へ向かった。
「申し訳ありません。授業を取ったものの、どうやって行くのかも分かりません」
「えぇ?そこから?そこから分かんないの?」
湊はアッシュの時間割を見た。
「アッシュは月水金に授業を集めただろ?これは先生の名前と授業の名前で。その下に時間と教室が書いてるから、開講5分前位には教室に行って。今日は2時限目の筒井先生の授業の201教室からだな。……分かる?」
「教室はこの配置図にある場所に向かったら良いんですね?」
「うん、そう。まだ時間あるし、良かったらコーヒーでも飲む?俺も2時限目からだから」
「ミナトは用事があったんじゃないですか?」
「構わないよ。他にも分からない事があったら、今のうちに聞いてよ」
2人は食堂に向かった。
以前の、コーヒーをいつの間にか用意されていた時にも感じていたが、アッシュの行動は紳士的でスマートだ。
座る前に、自然と湊の椅子を引かれ座らされる。
それもまるで嫌味がないので、そういう日常を過ごしているのが垣間見えた。
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