夢桜風

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「違うよ。もっと昔。あたしたちがまだ子供だった頃だよ」  やっと彼女は笑顔になるけど、まだ言葉は穏やかだ。そして「古い団地に住んでた頃、憶えてない?」なんて僕の記憶にあることを話し始める。  それはとても古い団地と言えど都会にあるようなものではなくて二階建ての素っ気ないボロアパートの集合体みたいなところ。幼いころの数年間は僕はそこで育っていた。  彼女は懐かしそうに「今とは違ってあの頃のあたしは人見知りの物静かな子だったからね。忘れたのかー」っとちょっと残念そうに語る。どうやら今の彼女がは昔で、本当の彼女の姿みたい。  そう言えば彼女は友達が多くなくて周りに合わせるみたいに明るくふるまっているみたい。  記憶の断片を探さなくても僕は彼女の言葉にもう、誰のことかわかっていた。忘れていた記憶なんて刹那に思い出せて全てが蘇っていたから。驚きよりも心が躍りながら「昔と違いすぎるからな。わからなかった」って穏やかに語る。  彼女はちょっと普段の顔を見せて「忘れんなよ!」と話してから「気付かれないようにも振舞ってたんだけど」なんてまたトーンを落とす。僕はあの、会いたかった人に会えている。  尊い懐かしさばかりが届き続ける僕の心はもう走り出したくて仕方がない。彼女と僕のあの桜のもとに今すぐにでも急ぎたい気分で「今から花見に向かおうか?」との提案をしてみると、彼女は普段とはちょっと違う僕が好きになる儚げに笑っている。  こうしてみていると彼女の笑顔は無敵だ。今の笑顔もキレイだけど、こうして考えてみると普段の屈託のない笑顔もなんだか僕だからという印象が募って良く思える。人間とはげんきんなものだ。  今の話している時間でさえ尊くてこれがもっと親しくなれたらという思いが沸く。そうなると次に話す言葉はわかるしこんな思いは昔に持っていた。だけどその話をするのには足りないものがあるから置いてよう。
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