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砂塵が空を染め、赤茶けた霞が入相に溶け込む李西であった。
長い日足に焼かれた木々は白く枯れ残り、疎らに宿る影は烈風に靡いてどこまでも伸びていく。家々はひっそりとありながら人影はまれで、荒れるばかりの田畑が広がる辺境の地である。
要塞の趣が強い都に、戦線が退かれて二十年が経とうとも人々の賑わいが戻ることはない。
飛沫を浴び、激流にのまれながら河川を下ってきた明椿林にとって、李西の都はやたらと土臭く感じたはずである。
「どうせ残党の仕業だ。わかりきったこと。なのに、なぜ太史殿を――」
と、同行した護衛の霍石英が、飛び交う蝙蝠を払いながら、埃まみれの官舎を見回していった。
かつては異民族の集まりとして栄えた春永国と国境を接する李西。波の様に迫る砂丘を越えれば、立ち上る土煙のごとく朽ちた城壁が目の前に見えてくる。
県令はおよそ数年前から機能していないという話しは、どうやら本物のようだった。
地方官は空席のまま、調査吏からの報告も途絶え、派遣された官吏でさえ任期を終えて帰って来たものはいない。
滅亡した春永国の残党がこの李西の都に隠れ潜み、剰え支配に及んでいるのではと、霍石英は憤っているらしい。不当な占拠に意を示すのなら官吏ではなく兵士を向かわせるべき――、と。
この辛気くさい官舎で、流刑の身である明椿林としばらく過ごさなければならないと考えれば、己の境遇さえもが不遇なものに思えてくるのだろう。
ゆっくり、大地は暗やみに覆われていく。楼門の奥に見える二層の楼閣が、関である。
手柄を立て、さらには得体の知れない李西の都から生きて戻らなければ、蠍央からの疑惑が晴れることはない。
「太史殿はお休みください」
霍石英がいうには、残党はあの関を根城にしているらしい。
明椿林は息を吐く。部屋を出て行こうとする霍石英の手を、咄嗟に掴みとった。
「備えた方が良い。関を根城にしているというのなら、私たちが来たことを知らないはずがない」
夕日の余光は雫が落ちるように消えていく。大地は真新しい漆黒に包まれて、霍石英の気色ばんだ顔も沈んでいく。彼は下りきった帳の中で密かに顔を背けた。太史に従うつもりはない、とでもいうように。
「何者かが潜んでいる様子はありませんでした」
堪えようのない感情は声色にのる。姿や容貌が隠れた今、積もった鬱憤は口先から顕著にあらわれる。どうやら長い船旅の間、霍石英の誇りが曲がってしまったらしい。
明椿林は苦笑いをもらした。
「おそらく夜襲をかけるつもりだろう。こちらは二人。下手に構えるな。戦闘は避けたい」
「応戦するなと?」
「こんなところで命を落とすわけにはいかない」
「剣を握ってください。そんなきれい事が通じるとは思えません」
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