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「……どういうことだ」  土の匂いと、咽せ返るような血の匂いに、明椿林(ミン・チンリン)は叫びたくなる思いを噛みしめて問いかける。  明椿林は晨羅寒(チェン・ルオハン)の衣を掴む。その指先は小刻みに震え、晨羅寒が一つずつ丁寧に剥がさなければ手を開くことも難しいほど。  ようやく解けた手を、晨羅寒は硬く握りしめた。明椿林はじんわりと暖まっていく指先に、はたと、棘でも刺さったかのように手を引っ込めて、震えの止まらない肩を抱きしめた。  熱い砂の上には焼き払われた古い書籍の灰が、真っ白に降り積もった。吹く風に飛ばされて李西に至り、雪花を思わせるあでやかさで、赤く焼けた空をいつまでもゆらゆらと漂った。 「明椿林、私を賊徒と、そう呼ぶか」  怒濤のように駆け抜けていった戦乱が、今も明椿林の身体の中に残り続けているようだった。  春永国について、明椿林が知っているのは書籍にのっている限りである。しかし、そこで生きた晨羅寒が、蛮族と呼ぶに値しないことくらい、わかりきっている。  なんのために筆を握るのか。  文人の職務は、上帝の施した福徳、災禍、虐政の細部にわたって正確に記すこと。  蠍帝の御代に息を熱く吹いた人々の人生。その繁栄、衰退がどのようにして後世に繋がれていくのか。肥痩の土壌から芽吹く新たな命に、明椿林は期待しているのだ。この暘国が正しく栄えていくことを。  春永国の歴史を書き直すことは、蠍央への謀反にはなり得ない。 「誓って、一つとかけることなく、君の生きた故国を記す」 ――――――――
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