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「私です、央王」
「その声、覚えがある」
絡げる手に引きずられるようにして振り向くと、そこに、白い髭を蓄えた老人の姿があった。
かつて、春永国に仕えていた男である。王室から追い出された後は死に果てたものとばかり思われていたが、どうやら無事だったらしい。
「蠍! 捕らえたか!」
野太い声が後を追ってきていた。蠍と呼ばれた老人が央王の肩を引き寄せ、口早に告げる。
「逃れる手は一つしかございません……」
互いに目配せし、央王はすぐさま身を翻して跪いた。周囲を取り囲む明かりに、頭を垂れる央王の姿が照らされる。その後ろに、蠍が控える。
「県令殿、春永国を落とすには、この男の活躍がなければなりません。李西との国境を任された央王の協力をもってして成し遂げられるもの……」
狼煙の匂いがしつこくこびりつく。
そこで、明椿林の意識は次第に遠のいていった。
老人の声をたぐり寄せようと必死に藻掻くが、視界はぐわんと大きく揺れ、激しい耳鳴りにたえきれず耳を塞ぐ。音がふっつりと途絶えたと思ったとき、明椿林は陽ざしがたっぷりと注ぐ宮殿の二階に戻っていた。
水を浴びたような汗に、全身が寒い。
弾む息を整えようと身じろいだ拍子に目眩を覚える。蹌踉めく身体を支えようと高欄に手を伸ばし、寄りかかろうとして、途端、不意に支えを失った。
おっ、とからだが投げ出され、ふわりと浮かぶ感覚に、落ちる――。そう覚悟したときだった。その背を、晨羅寒がひっつかんだ。
「何をひとりで遊んでいる」
呆れた声色に安堵しつつ、目の前の眩むような地面に肝が冷えていく。
「遊んでいるように、みえるのか?」
晨羅寒は明椿林を引き寄せる。
「顔が赤い」
頬にかかった髪を払いのけながら、ぼんやりと定まらない目を覗き込んで彼はいった。
明椿林はそれを鬱陶しく押しのける。
「平気だ……」
晨羅寒の指がするりと手首に触れる。
「なんでもない。触るな」
咄嗟に払いのけて、滴る汗を拭った。
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