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彼が転校してから数週間。
私と違い、クラスに馴染む彼だが、私含め、クラスの皆。
いや、学校中の皆が彼の素顔を見たことないという事実に直面をしていた。
転校した初日は緊張しすぎて風邪を引いてしまったのだろうと安易に予想できたが、いつになってもマスクは外さない。
マスクを必然的に外すお昼の時、一人で食べたいからと言って誰にも見せない。
体育などの授業にも先生からマスク外すように注意されても、「それはちょっと」なんて言って外さない。
先生もよっぽどのことがあるんだろうと汲み取り、それ以上は言えないのでお手上げ。
放課後、一緒にハンバーガー食べようぜなんて誘ってくる友人たちにも「今日はちょっと用事があるから」なんて言って頑なにマスクを外そうとしない。
みんな彼の素顔を見たいがために、どんな作戦を立てても一瞬たりとも隙を見せない。
特に女子は頑張る。
でもどんなに頑張っても素顔は明かさない。
そんなに素顔を明かしたくないということは、マスクの下は不細工なのか……?という噂もあったが、あのキラキラオーラを放っているので恐らく違うだろう。
どうしてそんなに見せたくないのかなと思いながら、私は放課後に一人。
教室で日誌を書いている時、何かの視線を感じる。
恐る恐る、その視線の先を見てみると、転校生の彼がいた。
私は目をまん丸くし、ギョッとした。
もうとっくに帰ったと思った。
今日も遊びの誘いを断ってそそくさと帰っていったのを横目で見ていたから。
どうしたのかと声を掛けようと思ったが、彼の横顔が綺麗すぎて何も訊くことが出来なかった。
日誌を書く手を止めていると、ふと彼がボソッと呟く。
「綺麗な字、ですね」
「へ?」
自分の字を褒められるなんて初めてだった。
お世辞にも綺麗とは言えない。
どちらかというと丸文字で綺麗より可愛らしい文字。
女の子っぽい文字であったが、そんな文字を書く自分が嫌いだった。
昔、小学校の同級生の男子から私の丸文字を見て、ぶりっ子しているなんて言われたことがある。
それがきっかけで自分の字が嫌いになった。
「綺麗じゃ、ないよ……丸文字なんてあざとくてぶりっ子しているなんて思われるだけだからさ……」
「あざと……?それでも綺麗ですよ、伊織さん」
不覚にもキュンときた。急に下の名前を呼ぶから。
それに最初の挨拶程度しか交わしていないのに名前を知っているなんて。
それだけでもう、嬉しかった。
昔のトラウマが少し晴れ間を見せた気がした。
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