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桜の色
花びらのシャワーを浴びながら桜並木を歩いていくと、その中に1本だけ少し樹高の低い、白い花を付ける木を見つけた。
「この木はまた違う品種だろうか。う~ん。でも花弁の形や樹形は他の木と同じように見えるけれど……。突然変異とか、かな」
人の肩のあたりまで枝を下げたその木の白い花をそっと手に取ると、隣で彼女が「あっ」と微かに声を漏らした。
振り向くと、彼女の顔が紅潮して、何か言いたそうにモジモジしている。
「どうしたの?」
尋ねた僕に対する彼女の答えに驚いた。
「あの……抱いてください」
「えっ!?」
実は、彼女と知り合って何度もデートを重ねていたが、僕らはまだプラトニックな関係だったのだ。
「えっ……いっ、いいの?どうして急に……だって君……結婚するまでは綺麗なままでいたいって」
彼女は今時珍しい考えの女性で、初めていい雰囲気になった時にそう告げられた。そして彼女を尊重して、僕は手を出さずにずっと守ってきた。
「はい。良いです。ずっと我慢させてしまってごめんなさい」
「じゃ、じゃあ、うん。山を下りたら……ね」
しどろもどろに言う僕は鏡を見なくてもわかる。ものすごくニヤけていたはずだ。
それを誤魔化す為に花を見るふりをして顔を逸らすと、次の瞬間突進するように彼女が抱きついてきた。
その勢いで僕は、白い花の木の幹に背を預ける形になる。
「ここで」
「こっ、ここで!?えっ、でも、外だし……穴場スポットとはいえ誰か来るかもしれないよ。君、その、初めてでしょ?ちゃんとしたところで……」
「ここが良いんです」
そう言って彼女はますます僕の胴に回した腕にぎゅっと力を籠める。
彼女、意外と力が強い。
「まって、まって。分かった、分かったからちょっと待って」
僕はすぐにでも押し倒したい衝動を抑えて、ポケットから小箱を取り出し、彼女の目の前で開けて見せた。
「ここまできたんだから君の順番、ちゃんと守らせてよ」
彼女は一瞬目を丸くして小箱の中から現れたダイヤの指輪を見る。それから僕を交互に見比べた。
「僕と、一生一緒にいてください」
なんだか格好がついたのかどうだか微妙なタイミングだけれど、有名デザイナーに特注した給料3ヶ月分のダイヤの指輪を、彼女の薬指にはめた。
その段になっても彼女はまだきょとんとした表情だったけれど、じわじわと意味が伝わったのか、表情が綻び口角がニーッと横へ上がっていった。
「さすがだわ。あなたのセンスって素敵!」
ダイヤを木漏れ日にキラキラと輝かせながら、それよりも輝く笑顔で僕を見つめてくる。
「君って最高だね。僕のパートナーには君以外もう考えられない」
「そうなのね。嬉しい。………………ワタシも」
「うん?」
「アナタの色に染まりたい」
彼女はまた僕の背に両手を回し、苦しいほどぎゅっと抱きしめ、木の根元へ押し倒された。
「ほらほらそんなに慌てなくても。僕は君から離れないよ。だからほら、ね、ちょっと手を緩めて。いっ痛いから。折れる。折れる」
僕の記憶はここまで――。
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