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桜狩
「今年は見ることができて良かった」
そう言いながら実際には花よりも、隣で一緒に歩く美しい彼女に魅入っている。
4月初旬の桜狩り。
この時期、花を見に来たのか人を見に来たのかわからない程どこの桜の名所も人で溢れる。
花見はしたいけれど、人混みは好きではない。
だから、少々人里離れた行楽客が来ない花見の穴場スポットを訪れた。
「ええ、本当に。御姉様方、本当に美しいわ」
「御姉様?」
僕が尋ねると、彼女はいたずらっぽくフフフと笑った。桜の木を擬人化して呼んでいるのがちょっと不思議だけれど、それも彼女の可愛いところだと思う。
「本当に見事だ。ここの桜はソメイヨシノとは品種が違うようだね。色が濃くてゴージャスで、儚げというよりも力強さを感じられる」
人里離れた山奥に咲き乱れる数十本の鮮やかな山桜。
八重咲きでボリュームある花弁がより華やかに感じさせる。
その桜の木の間を、ふたり手をつないでゆっくりと歩を進める。
「ソメイヨシノは江戸時代に生まれたから、案外歴史が浅いんだ。時代劇で豊臣秀吉が花見をする場面でソメイヨシノが映ることがあるけれど、あれはありえない組み合わせなんだよ」
本当はこんな話をしたいわけじゃないのに、今日は緊張してどうでも良いことをさっきからベラベラと喋る自分がいる。
「さすがね。知らなかったわ。やっぱりあなたって何でも知っていてすごいのね」
いつも、面白くもない僕の話に真剣に耳を傾けてくれる彼女。僕にはもったいないくらい素敵な女性だ。
僕と彼女はちょうど一年前の春。
この場所で出会った。
以前誰に聞いたのだったか……忘れてしまったが、人づてに知ったこの桜狩りスポット。
昨年、仕事の合間にふと思い出して訪れた時にはもうほとんど花は残っていなかった。
けれどもその代わりに彼女と出逢えた。
花が散ってしまった桜の木を眺めながら、寂しそうに佇んでいた彼女。
長いストレートの黒髪は、ヘアサロンのCMモデルのように天使の輪と艶がある。血管が見えそうなほどに透き通るような白い肌。長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。
この世にこんな美しい人がいるのかと思ったものだ。
あまりにも整いすぎた美しさに近寄りがたいというか。自分とは住む世界が違う人だという考えの方が先に来て、この女性とお近づきになりたいなどとはよぎりもしなかったのだが。
「もう今年は、花の季節には遅すぎました。あなたもですか?」
帰りかけた僕に彼女が声をかけてきて目が合った瞬間、柔らかく微笑んだ彼女の表情に無防備な幼さが入り交じり、一瞬で恋に落ちた。
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