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何かのホールか美術館かって思っていたのは間違いじゃなかったって思うくらい、門の中は異世界だった。
まだ小学生だった頃、両親と弟と行った夢の国にそっくり。ここなら急に黄色い靴を履いた大きなネズミが横切ったとしても、ぼくは驚かないと思う。むしろそれが自然。
それに、彼の運転は快適この上なし。振動なんてこれっぽっちも感じない。雨に濡れた石畳とタイヤが密着しているようで心地いい。
いったいどれくらい走ったら家にたどり着くんだろう・・・・・・。
「着きましたよ」
夢の中で肩を揺すられた気がして目を覚ました。
雨の中を歩き通しで疲れていたのと、ファンシーな庭と、妙に乗り心地が良かったのとで、ぼくはたった数十秒の間にまさかの居眠りをしてしまったらしい。
「すみません! なんだか気持ちよ……」
「いいから。早く降りて」
面接に来て、急に車に乗せられて、おまけに居眠りまでしちゃって。ぼくは真っ赤になりながら外に出ようとした……けど、開かない!
焦ってジタバタしていると、いつの間にか運転席から回ってきた彼が優雅にドアを開けてくれた。まるでお姫様をエスコートする騎士みたいに。
「どうぞ」
「ありがとうございます・・・・・・すみません」
ぼくは真っ赤になりながら丁重に(ぼくにしてはかなりね)お礼を言った。
「ドア、壊れると困るから」
あ。そうですか。なんだよ! いけ好かないやつだな!
ぼくは内心プンプンしながら彼の後に付いて屋敷の中へ入っていった。
玄関のドアは分厚いガラス張り。まるでスパイ映画に出て来るみたいにボディーセンサーでチェックを受けるとドアが左右に開いた。
中に入ると、そこは眩しいくらいに真っ白なエントランスホール。見上げると首が痛くなるくらいの高い天井。大理石の床は、カツカツと彼の靴の音を反響させる。
さっさと先に行ってしまう彼の後を追いながら、ぼくは気になって声をかけた。
「靴は・・・・・・」
我ながら間抜けなことを聞いたもんだ。そう思ったけど、もう遅い。
「そのままどうぞ」
彼は素っ気なく応えてどんどん前に進み、ホールを突っ切って正面のドアを開けた。
そこには、立食なら数百人のパーティーが楽に開けそうなリビングルームが広がっていた。奥には雨の日でも屋外の気分を味わえるガラス張りのサンルームが続いている。
先に入っていた彼は既に革張りのソファに腰掛けて、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回しながら入ってきたぼくを手招いた。
「まずは、一次試験合格です」
「え? 合格? 試験?」
ぼくは彼が何を言っているのか判らず棒立ちになった。
「試験は4つあります。まずは助手席に座る試験には合格しました」
「はぁ」
「残る試験は3つです。ズボンの裾は元に戻していいですよ。突っ立ってないで、掛けて」
偉そうに! いったい何者? こんなに若いんだからまさかここの持ち主ってわけじゃないよな。
「あの、質問してもいいですか」
ぼくはズボンの裾を元に戻して、彼の正面のソファに腰掛けながら初めて強気に聞き出した。
「どうぞ。なんなりと」
高級そうな黒スーツに身を包んだ彼は、サングラスを外しながらゆっくりと脚を組んだ。
クッソ。めっちゃカッコイイじゃん。
幹生を見慣れているせいかそんじょそこらの美形には反応しないぼくだけど、どちらかと言えば濃い系の情熱的な幹生の容姿に比べて、ストイックというか、洗練されているというか。要するに、腹が立つくらいお金のかかった格好良さだ。
「まず、あなたはどなたなんでしょう?」
雇い主でもないくせに気安いんだよ! と思いながらぼくは聞いた。
「藤堂英明。この家の持ち主でキミの雇い主になるかもしれない人です」
彼はしれっと大真面目に応えた。
「えっ?」
「キミは私を誰だと思ってここまで付いてきたのですか。迂闊な人ですね」
言われてみればその通りだけど、だって・・・・・・
「だって。まさかその・・・・・・すごく若いからこの家の持ち主だとは思わなくて。ぼく、失礼なことばっかり」
「確かにね。居眠りしたのはキミが初めてです。そんなに気持ちよかった?」
「はい、とても・・・・・・」
完全に意気消沈して俯いてしまったぼくの正面で、彼の楽しそうに笑う声が響いた。我慢できないといった感じでお腹を抱えてケラケラと笑っている。
人を居竦ませてしまう俺様な奴だけど、笑うと結構人懐っこい表情に変わるんだな。
ぼくはちょっとだけ、この人に興味が湧いてきたのを感じていた。
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