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「咲良!」
改札を出ると正面の大きな円柱から声がかかった。クラスメートの川口幹生だ。
幹生は中学の頃からの親友。お父さんが日本人、お母さんがスペイン人のラテン系ハーフで、そんじょそこらのイケメンとは別格のビジュアルだ。
先週ついに身長が183センチになったらしい。その身長、ぼくにも少し分けて欲しいよ。
「おはよう幹生。何やってるの?」
ぼくが近付くと、幹生はスマホをスポーツバッグの中へ放り投げた。きっと新しいガールフレンドとLINEでもしていたんだろう。
サッカー部のエースで、高校の入学式直後に行われた『イケメン新入生投票』で堂々の1位を獲って以来『ボーイフレンドにしたい男子投票』でトップの座を独占している。
今だって、円柱に貼られた巨大な某人気アイドルのCMポスターより断然目立ってる。
「咲良のこと待ってたんだよ。どこに電話してたんだ?」
「同じ電車? 声かけてくれればいいじゃん」
「すっげー真剣にオヤジの頭のぞき込んでたから話しかけられなかったわ」
「頭じゃないよ、新聞。朝練は?」
「なくなった。咲良んち迎えに行ったらもういないし」
並んで歩くと悲しいほどの身長差だ。ぼくは164センチで16歳の平均身長よりかなり低い。幹生とは20センチ近く差があるし、横幅も違うからまるで大人と子供だな。
「新聞に求人が載ってたから電話してみたんだ。放課後面接に行ってくる」
「頑固だよな。俺んちに来いって何度も言ってるのに」
幹生は額にかかる前髪を面倒くさそうに掻き上げながら立ち止まった。
「パパもママも咲良なら大歓迎なんだぜ。だいたい高校生にできる仕事ってなんだよ」
図体のデカい幹生が両親をパパママ呼びするのはかわいい。
中学に入ってすぐの反抗期に、精一杯イキって『お袋』って呼んでみたことがあるらしい。そしたら、「そんな呼び方やめてちょうだい! 私のかわいい幹生ちゃんを返して!」とママに泣き崩れられたと言ってた。
それ以来、幹生はずっとパパママ呼びだ。
ぼくも小学生のあの日まで、ずっとそう呼んでたな。
梅雨入りを迎えた空は、水分をいっぱいに含んだスポンジみたいにぼくたちの頭の上を覆っている。学校に着くまでに降らなければいいけど。
「ありがとう幹生。なんとか頑張ってみるよ」
「見かけによらずホント強情だよな。まあいいや。無理だって思ったらいつでも俺んちに来るんだぞ。変な男について行ったりするなよ」
中学生の頃、女の子と間違われて変態チックなオジサンに追いかけられてから、幹生はまるでぼくの保護者みたいにうるさくなった。
笑っちゃいけないとは思うけど、マジなのか冗談なのか判らない幹生の言い方が可笑しい。
「笑うところかよ。こっちは真剣に心配してんの。で、どんな仕事なわけ?」
「ハウスキーパー」
可笑しくて涙目になりながらぼくは答えた。
「は? なにそれ。そんなの高校生にできるわけないじゃん」
「うん。でもさっき電話したら高校生でもいいって。住み込みだし……」
「住み込み? なんだよそれ! あやしいだろ」
「あやしくはないと思うけど」
「そんなのやめとけ。俺が別の仕事探すから。な、咲良」
真剣に心配する幹生を見ながら、ぼくは二人の出会いを思い出していた。
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