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 昼下がりの駅のホーム、ざわめく雑踏の中、軽い足取りで歩く。ゴールデンウィークとあって、見慣れた駅も、いつもより人が多かった。  真っ直ぐ歩くその足は、普段から趣味でサッカーをしているからか、スイスイと人を避けていく。その度に長めの金髪がふわふわと揺れて、彼の足取りもいっそう軽くなった。 (会ったのは卒業祝いだったから、約一ヶ月ぶり?)  金髪の男性──いや、男の子と形容する方がしっくりくる──は、改札口へと向かう階段をひとつ飛ばしに上がっていく。  改札を出たら、彼に会える。  猪井(いのい)(とおる)は次々と人を抜かしながら、肩に掛けたボストンバッグを押さえ、陸橋を渡り、最後の階段を降り始めた。  今年の春は温かくて、半袖の透の額にも汗がじわりと浮かぶ。けれどこれからのことを考えると、そんなことはどうでもいいと思えるほど、透は浮き足立っていた。 「しんちゃん!」  改札を出てすぐに見つけた、穏やかな顔の男性。しんちゃんと呼ばれた彼は透をみとめると、いっそう目を細める。  短めに切った黒い髪。優しげに下げられた眉はそのひとそのものの性格を表していて、上下細身のシャツとジーパンを穿いているのがよく似合う。  透は自然と笑みが零れた。  彼に駆け寄ると、その勢いのまま彼に抱きつく。ひと月前と変わらない、柔軟剤のいい匂いがして、透はふう、と心が落ち着くのを感じた。 「透、元気そうだね」  表情と同じく低く落ち着いた、穏やかな声。抱きついたまま顔を上げると、金髪の頭を撫でられた。 「髪染めたの? また派手にしたね」 「うん、せっかく口(うるさ)いのから離れられるからね」  そう言って透は身体を離すと、目の前のひとは困ったように苦笑する。 「おばさんも心配なんだよ」 「いいの、母さんの話は。それより、オレ着いたらしんちゃんの肉じゃが食べたい」  まさに今、口煩いと称した母親の話はしたくないので、透は話題を変えた。それは相手も分かっているので、苦笑しつつも応えてくれる。 「前々からリクエストあったから……作ってあるよ」 「本当!? やった!」  そう言うと二人は歩き出した。向かうはしんちゃん──太田(おおた)伸也(しんや)が一人暮らしする、マンションだ。  伸也は透の八つ年上のサラリーマン。透には詳しいことは分からないけれど、不動産会社で人事の仕事をしているらしい。  そんな伸也の家に、ゴールデンウィークの休みを利用して、透は伸也の家へ引越しし、そこから大学へ通うことにしたのだ。  実家から通えなくもないけれど、透は両親との折り合いが悪く、家を出たいと思いつつも自分勝手な母親から離れられずにいた。そこで大学に近い、元隣人の伸也の所なら問題ないだろうと説き伏せ、入学から一ヶ月経った今日、ついに引越しが叶うことになったのだ。 (それに、オレにとってしんちゃんは特別な存在だし)  いつも穏やかな伸也。彼の家族は仕事が忙しくて留守がちで、透は小さな頃から隣家を訪れてはよく遊んでいた。歳が離れた幼なじみだけれど、伸也は忙しい両親の代わりに家事をこなしていた上に、多感な頃の透の心を文字通り支えてくれたのだ。だから透は、家族よりも伸也が大切だし、彼のためなら何だってしたい。 「しんちゃん、オレが来たからには、家事は任せてね」 「ええ? 透が家事をするの?」  マンションまでの歩道をゆっくり歩きながら、伸也は微笑みながらも驚いたように見えた。それもそうだ、透が伸也の家に行っていた時は、彼に甘えっぱなしだったのだから。 「うん。そのために実家でも母さん説得する為に家事やったし、家賃も折半で良いから」  透の本気を母親に見せるため、少々無理をしたけれど、おかげであの家を出られたのだ。これから伸也と気兼ねなく暮らせると思うと、こんなのは必要な苦労だと、透はガッツポーズをする。 「折半って……いくらなんでも学生にそこまでさせられないよ」  案の定困った顔をする伸也。そんな彼に透はにかっと笑ってみせる。 「大丈夫。バイトもしてるし、元気だけが取り柄だからね」 「……はいはい」  そう言って、穏やかに笑う伸也はまた透の頭を撫でた。ほかの人に子供扱いされるのは嫌だけれど、伸也なら許せる。この気持ちの違いは何だろう、と思うけれど、目先の楽しみに透は考えることを止めてしまった。 「ところで、バイトって何のバイト?」 「ん? 大学の近くの居酒屋だよ。(まもる)に紹介してもらったんだ」 「守くん……ああ、同じゼミのお友達ね」  良かったね、と言われて透は嬉しくなる。ほかの誰でもない、伸也に言われると、胸が温かくなって飛び跳ねたくなるのだ。金髪がふわふわと、歩調に合わせて揺れる。  友人の守のことは、毎日伸也と連絡する中で知られるようになった。守には「幼なじみと毎日連絡なんてしないだろ」と言われたが。しかしこれが透と伸也の普通だし、他の幼なじみがどうなのかまでは知らないので、スルーした。 「あ、ゲームやろうな? サッカーゲーム、新しいの買ったんだ」 「……僕相手だと、透はつまらないんじゃないかなぁ……」  苦笑して遠くを見つめる伸也。透は彼の腕に自分の腕を絡めると、にしし、と笑った。 「練習練習っ」 「とか言って、毎回容赦ないじゃないか」  そう言って、伸也は透の髪の毛をかき混ぜる。その仕草がくすぐったくて首を竦めて笑うと、伸也はまた穏やかに笑うのだ。  透はそんな伸也を見て思う。  やっと、自分らしく生きていけるのだ、と。
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