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番外編2 蜜月
「透……可愛いよ」
「う……」
ある日の休日。透は伸也と二人でお菓子を作っていた。以前はよく作っていたけれど、最近めっきり時間が取れなくて、久しぶりだと透は喜んでいた。
しかしスコーンができあがったところで宅配便が届き、食べるのはちょっと待ってと伸也に言われ、大人しく待っていると、伸也はニコニコと宅配便の箱を持ってきたのだ。
何をそんなに嬉しそうにしているのかな、と思っていたら、彼はスコーンそっちのけでその箱を開け始める。透も興味津々でそれを眺めていたら、出てきたものに逃げ出したくなったのだ。
いつか伸也が言っていた、フリフリエプロンを買ってあげるという言葉。あれを実行していたのだから。
しかも出てきたのはそれだけじゃなかった。猫耳カチューシャに大人の玩具が付いた尻尾、紐状の下着、やたら丈の短いセーラー服……一体伸也はどんな顔をしてそれを買ったのか、考えるのも怖い。
そして案の定それらは透が着る前提で買ったらしく、しんちゃんにそんな趣味があったなんてと涙目で着用を拒否し、押し問答を続けた挙句、夕飯の肉じゃがと唐揚げに釣られ、今に至る。
真昼間の自然光が入るリビングで、透はテロテロした布でできた、それはそれは可愛らしいエプロンを着けていた。裸で。靴下も脱ごうとしたけれど、なぜかそれは拒否され、変なこだわりがあるなと呆れたけれど。
「どうせだから猫耳としっぽも着ける?」
「……しんちゃん、一体どんな趣味してんの?」
楽しみは取っておいた方がいいんじゃない? という透の逃げる言い訳を言葉通り信じ、伸也は大人しく残りの衣装を大事そうに箱に戻した。
「じゃ、スコーンを食べようか」
「ぅへぇ?」
思ってもみなかった彼の言葉に、透は変な声を上げる。まさか着て満足したのかなと思ったけれど、伸也の様子を見ていると、どうやらそうではないようだ。
ダイニングテーブルに置かれたスコーンは、添えにクリームチーズや、クロテッドクリーム、ジャムも用意してある。ジャムは伸也が作ったもので、絶妙な甘みと酸味が透好みで大好きなものだ。
どうしてこんな格好でおやつを食べさせようとするのか、透には分からなかった。でも、伸也が機嫌よく椅子に座るので、透も並んで着席する。ひんやりした椅子の座面が、何となく落ち着かない。
「透、ジャム食べるでしょ。ほら」
伸也がマーマレードの容器をこちらに寄越した。ジャムの中でも、マーマレードが一番好きな透は、大きめに作ったスコーンにたっぷりそれを塗って食べるのが好きだ。どうしてここで透の機嫌を取りにくるのだろう、と思いながらも、いつも通りたっぷり塗って……というか乗せて、口に運ぶ。
溢れるほどに乗せたジャムはやっぱり美味しく、オレンジの甘みと酸味、そして少しの苦味が透の頬を綻ばせた。
「んん! やっぱりしんちゃんの作ったマーマレード、美味しいな!」
「ふふ、ありがとう」
もはやスコーンより、マーマレードがメインの量かと思う程、透はジャムを乗せていく。そしてかぶりついた時、やってしまった。
「んんんっ」
スコーンから溢れたマーマレードが、テロテロの生地の上に落ちてしまう。
「うわ、わわわっ」
しかもスコーンが割れ、慌てて落ちた欠片をキャッチすると、当然それに乗っていたジャムも手に付く訳で。
「あーあー、大丈夫?」
「う、うん。ごめん、エプロン汚しちゃった……」
「待って、動かないで」
とりあえず、スコーンをお皿に置こう、と動いた透の手首を、伸也が掴む。え? と思っているうちにその腕を引っ張られ、持っていたスコーンを指ごと食べられた。
「ちょっとしんちゃんっ」
「……ん?」
伸也はポロポロとスコーンを落としながら、透の指や手に付いたマーマレードを舐め取った。そう言えば、以前生クリームを付けて舐め回したいとか言っていたな、と変なことを思い出し、顔が一気に熱くなる。
「しんちゃん! と、取れた! マーマレード、取れたから!」
「ジャムはベタつくからね。しっかり拭かないと」
「うううん! 拭くよ! 手を洗うから!」
「勿体ないから僕が舐めてから」
そんなことしなくていいから! と叫ぶけれど、伸也は丁寧に透の指先や、指の間も舐めている。温かい舌がペロペロと這う感触に、透は膝を擦り合わせた。
透の手を綺麗に舐め終わった伸也は、なぜかまだ手首を掴んだまま椅子から下りてしゃがむ。ここも舐め取ってあげる、と言われたのは、エプロンの上のマーマレード──丁度股間の真上の。
伸也はこれを狙って? いやまさか、と透は慌てて膝を上げて拒否しようとした。けれど伸也の腕に押さえつけられ、そこに彼の顔が近付く。
「し、しんちゃん……」
泣きそうな声で──いや、実際に涙目になって、透は恋人を呼んだ。なぁに? と下から見上げた伸也の顔はいつもの優しい彼で、ますますいたたまれなくなる。
「そ、そこは……舐められると、変な気分になるから……」
「変な気分って?」
「だ、だから……っ、んんっ」
言葉を続けようとした透だけれど、伸也はその前にそこへ顔をうずめてしまった。マーマレードを舐め取るだけなら、そんなに舌を這わせなくてもいいのに、と思いながら、透は温かい濡れた感触に下半身がムズムズして、太ももを擦り合わせる。
「しんちゃん? もう綺麗になったよね? エプロンも汚れちゃったし、着替えていいかな?」
このままではまた裸エプロンのまま、エッチをすることになる、と掴まれた両腕に力を込めた。けれど手はびくともしない。
「まだだよ透」
嫌な予感がすると思ったらやっぱり、伸也はそのまま身体を伸ばして、薄い生地の上から胸の辺りに舌を這わせた。ひく、と肩が震え息を詰めると、じわりと下半身が熱くなってしまう。
「しんちゃん……そこは汚れてないよ? やだよ……」
「この間、約束したでしょ?」
「し、してないしてない! やだやだ! ……やだ、やあ……っ」
透の声に明らかな性的興奮が混ざると、伸也は遠慮なしに透の胸に吸い付く。布ごと、わざと音を立てて聴覚からも透を追い込む伸也は、最初は緊張して恥ずかしがっていたなんて、とてもじゃないけれど信じられない。
「……ほら、透けて見えてる。えっちだね」
「えっちなのはしんちゃんだよぉ……」
一体、どこでこんなことを覚えたのか。伸也の初めては透が頂いたのに、いつの間に立場が逆転してしまったのか。透は涙目で伸也を見つめた。
「可愛い……」
「ん……」
伸也は透の腕を解放し、立ち上がってキスをくれる。ぺろりと唇を舐められ、ゾクッとして口を開けば、彼の舌が優しく、唇や口内を撫でてくれる。
(しんちゃんのキス、優しくて力抜けちゃう……)
次第に意識がふわふわとして、小さくリップ音を立てて離れた時には、抵抗する気も失せていた。
「……おいで」
「ん……」
◇◇
「……っ! ああ……っ、しんちゃ……!」
透は高く掠れた声を上げる。
ここは伸也の寝室。彼はベッドヘッドを背もたれにして座り、それを跨ぐようにして透は膝立ちでいた。もちろん、伸也は裸で、透はフリフリエプロンを着けたままだ。
そして透は、もう長いこと胸と後ろをいじられ、何度もイカされている。それでも、射精に至らない前は触れられず、透は悶えていた。
「ほんっと……透は可愛いね」
伸也が上擦った声でまた乳首に吸い付いてくる。わざわざ邪魔なエプロンを除けて吸うから、吸われすぎて赤くなり、ぷくっと膨れ上がってしまっていた。後ろも、伸也の長い指が奥のいい場所を刺激して、彼の指をきゅうきゅう締めつけている。
「ん……っ! ああ……っ!」
ブルブルと、透の身体が痙攣した。もう何度目か分からない絶頂に、透は酸欠になって伸也にくたりと凭れ掛かる。
「ああ……透は本当に可愛い」
伸也がそんな透を見て、本当にうっとりと呟くから何も言えなかった。やっぱり少し、愛情表現が歪んでいる気がするけれど、凭れた透をしっかりした腕と胸で抱きとめてくれるから、よしとしよう。
「ね、しんちゃ……も、らめ……」
息も絶え絶えに、舌っ足らずな口調で透は言うと、分かったよ、と伸也は軽く口付けをした。同時に後ろから指が抜かれ、横になるように言われて素直にそうすると、伸也は指につけていたゴムを捨てる。新しいものを伸也が自ら装着するのを、ボーッと見ていると、彼は笑った。
「そんなうっとりした顔で見ないで。酷くしたくなる」
「だって……しんちゃんのでオレの中、掻き回されるの好き……」
ボーッとしているからか、無意識にそんなことを口走り、透は自分の発した言葉にゾクッとした。それを意識したらゾクゾクが止まらなくなって、透は早く、と自ら足を上げて後ろを見せる。
伸也はそんな透を見て一瞬息を詰めた。そしてはあ、と息を吐いて透の足を持つ。後ろに期待していた熱があてがわれて、今度こそ透は期待に身体を震わせた。
ゆっくりと、伸也が入ってくる。熱くて硬い、伸也の身体の一部。透もできるだけ優しく彼を包んであげたかったけれど、勝手にひくつく後ろは彼を唸らせるほど悦ばせた。
「透……もう少し、力抜ける?」
「あ、しんちゃん……やってる、けど……だめ、らめ、イッちゃうイッちゃう……っ!」
ググッと、透は背中を反らす。脳天を突くような快感が波のように襲い、その波に攫われそうで必死に何かにしがみついた。
「しんちゃん……っ、イッちゃった、気持ちいい……よぉ!」
透は足腰を震わせながら伸也を見つめた。彼は頬を上気させながら、透の雄を撫でる。
「ん……っ!」
そこはいつの間にかエプロンの裾がめくれて丸見えになっており、生温かく濡れていた。今ので射精してしまったらしいと気付いた透は、それに気付かなかった程の強烈な快感に、身悶えする。
「ああ、出ちゃったね……可愛い」
「あ! いや! あああ……っ!」
伸也が動き出した。透の足を抱え、互いの肉がぶつかって、音が鳴るほど穿つ。
透は強烈な快感に胸がいっぱいになり、涙が溢れて止まらなくなった。そして愛しい恋人は、身をかがめてその涙を舐め取るのだ。
「嫌じゃないでしょう? 何て言うんだった?」
凶暴なモノで突き上げながら、伸也は小さい子供に言い聞かせるように問う。しかしこれ以上の快感は苦しいばかりで、透は伸也の背中にしがみつき、顔を顰めて爪を立てた。
「いく! いっちゃう! ああ!」
また大きな快感の波が来た透は、首を限界まで逸らして身体を硬直させる。連続する絶頂に、止まらなくなっちゃったと泣けば、伸也は僕がいるから大丈夫、と優しく頭を撫でてくれた。
撫でる手はどこまでも優しいのに、下半身は凶暴で容赦がない。相反する伸也からの刺激に、透はまた深い快楽に堕ち、必死で伸也にしがみつくのだ。
「透……透……、ああもう、可愛い……」
揺さぶられるたび、エプロンの布が肌に擦れて、透はそれにさえ感じてしまう。五感の全部が、伸也を欲しがって、悦んでいる。それが嬉しくてまた泣けた。
伸也が透の両手をベッドに縫いつける。左手首の内側をそっと指で撫でられ、いつか言われた言葉を思い出した。
『傷跡ごと、愛してくれるやつ奴と付き合え』
「──しんちゃん……っ!」
そう、ずっと透には伸也しかいないのだ。だから伸也とこうしていることがやっぱり嬉しくて、嬉しい、大好き、と足を伸也の身体に絡ませ、泣きながら喘ぐ。
「透、気持ちいい? 僕、もうイクよ……?」
「うん……っ、──ッ、オレもイクっ! イッちゃう!」
ガクガクと、足腰が震えた。全身に力が入り、視界も音も消え、自分がどこかに行ってしまわないよう、伸也の手を思い切り握る。
「……っ」
光と音が戻ってくると、伸也は動きを止めて顔を顰めていた。彼の怒張が自分の中で跳ね、その度に伸也は息を詰めているので、達しているのだと分かる。
やがてぶるりと背中を反らした伸也は、くたりと透の上に倒れてきた。息を切らして、顔や身体には汗が浮かんでいる。気持ちよかったんだな、と嬉しくなって、彼の名を呼んだ。
顔を上げた伸也を、透は両手で頬を包みそっと引き寄せる。優しく唇を啄むと、伸也は嬉しそうに目を細めた。
「透……可愛い」
「う、しんちゃん……可愛いしか言ってないよ?」
想いを伝え合ってから、伸也は透に可愛いと口癖のように言うようになった。今までも、言わなかっただけでずっと思っていたのかと思うと、恥ずかしい。
「……もうこんな時間か……そろそろ夕飯の支度……っていうか、おやつも片付けてないね」
伸也が時計を見て苦笑する。じゃあ夕飯はスコーンにしようよ、と透は笑うと、伸也は軽くキスをくれた。
「……可愛い。愛してるよ、透」
「ふふ。オレも」
そしてまた、二人の吐息が混ざり合う。
彼らの蜜月はまだまだ続く。
[完]
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ご愛読ありがとうございました!
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