飛んで火に入る夏の虫

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飛んで火に入る夏の虫

突然だが俺は童貞である。 べべべ別に女性と縁がなかったわけではない。俺が育った田舎は極端に同世代の女性が少なく家畜の方が多いくらいで、そのまあ何だ。機会がなかっただけだ。王都に来てからは仕事に忙殺されてそれどころじゃなかった。ぶっちゃけ女性とまともに喋ったこともない。……だから、機会がなかっただけだって。なんなら童貞より先にケツの処女を喪ったがこれは事故みたいなもんなのでノーカウント。 そんな俺の人生にも漸くチャンスが巡ってきた。 話は二日前に遡る。 「テディ、お前明後日の夜空いてるか?」 仕事終わりにそう声を掛けて来たのは同僚のメイソン・ブロディ。 周囲を気にするかのように声を潜めているが、悲しい哉誰一人俺達に注目していない。 「内容による」 「まあ、聞けよ。お前しばらく彼女いないんだろ?明後日、国中の美女が集まるパーティーがあるんだがもしお前が暇なら」 「暇だ」 しまった。美女が集まるパーティーという言葉にIQが著しく低下してつい食い気味に答えてしまった。あと、しばらくじゃなくて彼女など生まれてから一度も出来たことがない。これは敢えて言う必要もないので黙っておく。 「まあ、メインは美女じゃなくてもっと別にあるんだが……これは来てからのお楽しみだ。あと招待じゃなくてあくまで関係者として潜り込めるだけだから当日は目立たないように隅で大人しくしてる必要があるんだけどいいか?」 「俺とお前の組み合わせで目立つ方が難しいだろ」 自慢じゃないが影の薄さには自信がある。 しかし美女の集まるパーティーとはこれ如何に。別に美女と付き合いたいなどと高望みはしない。ただ俺を馬鹿にせずフィーリングが合って俺と同じくらい大人しい感じの女の子と知り合えたら……何て夢を見ながら、新品のシャツにスラックスなんか用意してたらあっという間に時間は経った。 仕事を終え一度帰宅してから万が一のことを考え入念にシャワーを浴びる。メイソンと待ち合わせ場所で落ち合い、連れて来られたのは予想外の場所だった。 「……なあメイソン」 「何だよ。もしかして緊張してんのか?わかるぜ俺も手震えてるし」 「パーティー会場ってまさか王室関係なのか?」 「あ、言ってなかったっけ?関係者以外立ち入り禁止だからお前誘ったんじゃん。俺だって本当は彼女と来たかったけどさ~」 関係者って俺とメイソンは末端の下級文官なわけで、よくそれで王宮関係者面出来るな。厚かましい。 「お前こんなとこどうやって、」 「お前知らないだろうけど俺って意外にも名家の子息何だぜ?四男坊だけど。ブロディ家って聞いたことないか?」 「マジのマジで知らん」 「何のための眼鏡キャラなんだよ全く。とにかくツテがあるのは本当だぜ。伯父さんに頼み込んで何とか参加名簿に名前入れてもらえたんだ」 「それはいいが、なんで俺の名前まで……」 「フッ、まあ聞いて驚けよ。何故今日この日にこの場所に国中の美女が集まるのかその意味を!!二週間後に魔獣の大規模討伐が行われるのは似非眼鏡キャラのお前でもさすがに知っていると思うが」 「いちいちムカつくなお前」 「なんと今日はその決起集会だ!この国を守る全ての隊員、その精鋭達が集まり互いを鼓舞する素晴らしいパーティーだ!!どうだ?!ヤバくね?!」 「帰る」 「おいおいビビってんのか?いや、お前がビビるのも無理はない。全ての隊長副隊長が一堂に会する何てのはこの会と秋の討伐の年に二度のことだもんな……お前が俺と同様ヴォンガルド隊長のファンであることも考えると、そんな神聖な会に足を踏み入れることがどれ程恐れ多いことか!そう考えてしまうのも無理はない!」 「オイ、誰が誰のファンだって?」 「皆まで言うな!隠しても無駄だ、俺には解る。俺がヴォンガルド隊長のファンだから自分もそうだと言い出しにくかったんだろ?!大丈夫だ!俺は同担拒否など心の狭いことは言わない!寧ろ全ての隊の隊長副隊長箱推しだ!」 「殺すぞ」 「照れるなよ。ったく、シャイな奴だな」 こいつの思考回路は一体どうなっているんだろう。よりにもよって俺があの強姦魔の、ファンだって?馬鹿げている。 しかし国中の美女が集まるというのは嘘ではないらしい。 こうしてメイソンと問答してる間にも華やかなドレスを纏った美女達が傍を通り過ぎていく。 誘われた理由は釈然としないがこのパーティーに顔を出さないで帰るのは勿体ない。 どういう意図を持って造られた建造物なのか不明だが、まるで大広間だけの為に建てられたような不思議な造りの建物だった。外観だけならどこぞの富豪が建てたものだと勘違いしそうだが、メイソンの手にしている招待状には国璽が押してあった。もしかしたら普段はここで物語の中でしか見たことがないダンスパーティーなども行われているのかもしれない。知らんけど。 大広間はわざとそうしているのか照明を絞ってあり、一種異様な雰囲気だった。至る所に柔らかそうなソファが並べられ、騎士服に身を包んだ人間と美女達が酒を片手に和やかに歓談している。 メイソンの目当ての人間は直ぐに見つかった。 大広間の一番奥、螺旋階段を上らないと辿り着けないフロアにその一団はいた。見るからにハイランクの男と女が座っていてそこだけ別の場所にあるかのように錯覚する。 「テディ見てみろ!あそこ!ヴォンガルド隊長がいる!うわぁ、あれ第一部隊の副隊長と第二の隊長副隊長だ……第一の隊長はいないのかな?あ、あれまさか踊り子パシラ?!すっげ、か、かわいぃ~~うわ、ヌーベルの女帝アネットまで!つーかあれ俺の見間違いじゃなければ第三王女のセシリア様じゃ……?いや王族がこんなとこにいるわけ、でも……とにかく、すご、あのソファ……まじで」 「お前がそこまでミーハーだったとはな」 あのクソ男、基イーサン・ヴォンガルドは何人用か不明の馬鹿デカいソファの中心にドカリと腰を下ろし琥珀色の液体を呷っていた。右隣には見事なプラチナブロンドの絶世の美女、左隣には紅茶色の巻髪を波打たせた美少女を侍らかせている。 ……ブロンド美人の手は男の太腿辺りをいやらしく撫で回し、巻毛の美少女はそれがまるで当然の権利とばかりに男の壁のような分厚い胸板にしな垂れかかっている。そんなことをされながら微塵も気にしていない、それどころかヴォンガルドは美女達に一瞥もくれない。かと思えば気紛れに暗がりで輝くロングヘアをデカイ手で梳いてみたりする。 その姿を見ながら急に頭に冷水を浴びせられたかのような気持ちになった。 あれがあの男の日常なのだ。普段からああして何人もの女性に囲まれ相手も選び放題で、地位もあれば金もある。そうして闘う力も持ち合わせた特別な存在。 一方俺はどうだ?あの男が憎くて、足の指を棚の角にぶつけろとか今野良犬がもよおしたばかりのウンコ踏めとかそんな想像をしては溜飲を下げるというクソしょーもない日常を送っている。だがあの男にとって俺の存在は道端の犬のウンコよりどうでもいい存在なのだ。 俺にとっては人生の一大事、死ぬ間際にまで思い出すかもしれない強烈な処女喪失だってあの男の記憶の片隅にももう残ってないだろう。 酷く惨めな気分だった。 「クソったれ」 「え?何か言った?まあいいや。俺さ、サインは無理としてももう少し近くで隊長達見たいからちょっと行ってくるな!お前は奇声上げたり裸になったりしないでここで大人しくしててくれよ」 「お前は俺を何だと思っているんだ」 各隊長連中と巷で有名な美女軍団とは言え、一体何が楽しくて他人がソファでイチャついてるだけの光景を見ておきたいと思うんだろうか。全く以って理解出来ない。俺はもう一ミリもあのクソ男を視界に入れたくなくて酒を片手にバルコニーに出ることにした。
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