酒は飲んでも飲まれるな

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酒は飲んでも飲まれるな

むしゃくしゃしたので行儀が悪いのは承知で歩きながら水色の液体が揺れるグラスを一気に呷る。瞬間喉が焼けるような感覚に襲われ堪らず咳き込んだ。おいおいおい何つー度数の高い酒だよ。普通こういうパーティーってもっと軽めの、例えばシャンパンとかそんな洒落た酒を置いてるんじゃないのか? 一気に膝に来たが、やたら露出の高い給仕のお姉さんに空いたグラスと交換に新しい酒を渡され断れずに受け取る。可愛らしい薄ピンクの酒だがこれも一口飲むとカッと身体が熱くなる劇薬レベルの酒だった。……騎士団の決起集会ヤベェ。 フラフラになりながら辿り着いたバルコニーでも騎士連中と美女が和やかに、よく見るといやらしい雰囲気で歓談に興じている。 ……異常だこの会は。つまり決起集会というのは長期の討伐の前に思う存分欲を発散しろよという乱行パーティ……は言い過ぎか、出会いの場なのだ。そんな会に文官風情がわざわざ潜り込んで、当然美女からは歯牙にも掛けられず。……虚しい。 人気のない隅の方へと移動して漸く人心地つく。 吐く息が熱くて瞬きする度に瞼の奥で閃光が走るようだった。……あのグラスに入ってたのは本当に酒だけだろうか。何だかよくない薬でも混ぜられてたんじゃないだろうか。 本当に治安の悪いパーティーだ。知らないで女の子が飲んだらどうするんだ?いや、そもそもヤバいグラスとそうでないグラスの見分け方があって俺とメイソンのような部外者だけがそれを知らないとか? ……帰って寝たい。でも家まで歩けそうにない。 そう思った刹那気配もなく何者かの腕が肩に回され驚きで呼吸が止まりそうになった。 「大丈夫?椅子のあるとこ連れてったげようか?」 耳に直接囁くような距離の近さに肌が総毛立つ。緩慢に振り返ると妙に甘ったるい顔の男ににこりと微笑まれた。まじで誰なんだ?! 艶のあるシャンパンゴールドの髪に冬の空みたいな青灰色の瞳。まるでどこぞの貴族かのような優しげで端正な風貌だが、その胸板は分厚く肩に回された腕も硬くしっかりとした質量を感じる。この場にいるからには当然この男も騎士なのだ。 「大丈夫、れす」 何とか紡いだ言葉だったが呂律が回っていなかった。男は面白そうに俺が手にしていたピンク色の液体が入ったグラスを掠め取った。 「他に何色のお酒を飲んだのかな?カラフルな色のついた酒は此処では飲まない方がいい、暗黙の了解だ。そう君に教えてくれる先輩はいなかった?」 「ぅ……、」 まるで歌ってるみたいに喋る男だと思った。 この容姿ならさぞかしモテるだろうに何故この男はわざわざバルコニーの隅まで来て俺に話し掛けたのだろうか。頭がふわふわして来た。兎に角この王子然とした男の時間をこれ以上俺なんかに煩わせるのは申し訳ない。 「俺、今日はこのまま泊まろうと思って部屋を用意してもらってるんだよ。良かったらそこで休むかい?」 いくら乱行パーティー否、社交の場といえ一介の騎士が王室関係の建物に泊まれるものなのか?わからん。段々考えるのが面倒になってきた。俺のことなぞもう放っておいてほしい。だけどもう言葉も出てこなかった。体の芯が火照って視界がグルグルと回っている。熱い。 男の太い手が移動してグッと尻たぶを掴まれる。……え。なんで? 「俺、女ってダメなんだよね。こういう会ってつまんないからいつも早めに切り上げるんだけど……俺オリエンタル系の子って結構好きなんだよ。肌が吸い付くみたいでさァ、」 そう言いながらも硬い手の平は俺が今日のためにわざわざ買ったちょっといいシャツを弄って直接素肌を撫で回して来た。 「君みたいな堅そうな子が快楽でグチャグチャになってくのが楽しいんだよねェ。騎士じゃないし、一体どこの所属なのかな?普段はここで働いてるの?」 どうやら男は俺のことをここの使用人か何かだと思っているらしい。いや、仮に使用人だとしたら仕事サボって陰でコソコソ酒飲んでるヤバい奴じゃねえか。 「身体熱いね」 何でもない言葉なのにまるで酷くいやらしい事を言われたかのような錯覚に陥る。 こういうシチュエーション、普通なら見知らぬ男に触られた嫌悪感で「やめて!」と泣きながら抵抗するのが常なんだろうが、悲しい哉あの男に慣らされた俺の身体は普通に快感を拾ってしまっている。というか思い浮かべたシチュエーションも先日読んだ官能小説の一場面である。そもそも俺は官能小説に出てくるおっぱいの大きなエッチな女の子ではないので比較するのもおかしな話だが。 「ッ、」 「んー、ここ感じるの?」 官能小説のエロシーンを思い出していたら乳首を掠めるように触られて思わず声が出た。 男の手はサラリと乾いていて、暖かく……ヤバい普通に気持ちよくなってしまっている。ヴォンガルドは俺の乳首を引っ掻いたり千切れるくらいの力で捩ったり血が出る寸前まで噛んだりして最悪なのだがこの男の触り方はもどかしいくらいに優しく、正直ちょっと物足りない。 じゃなくて!俺ってやつは何でこんなところでまたしても男を引っ掛けてるんだ!童貞を捨てたかったんじゃないのか!! 「ッ、触らんでください……」 「ふは、身体に全然力入ってないよ」 抵抗しようにも身体の厚みが違い過ぎる。まずい、このままじゃ俺の二人目の相手まで男ということになる。それは絶対に勘弁したい。 なんて危惧していたら突如凡人の俺でさえ感じ取れるほどの殺気に曝され、眼前の男の動きが止まった。 「随分楽しそうなことしてんじゃねェか」 地を這うような低い声には嫌という程聞き覚えがあった。嗚呼何だかデジャヴ……何故ここにクソ男、イーサン・ヴォンガルドがいるのだろうか。 息苦しい程の威圧感に当てられて、それでも目の前の男は焦ったりなどしなかった。それどころか相変わらず俺の身体を弄りながら幾分鬱陶しそうに「何で君にそんなこと言われなきゃなんないのかな」と応えを返した。優男に見えるのに随分肝が座っている。俺なんか声を聞いただけで怖すぎて無意識に身体が震えているというのに。 「そいつが俺のモンだからだ」 だがヴォンガルドの寄越した答えに恐怖はどこかへ吹っ飛んだ。俺はいつからこの男の所有物になったんだ。 「へぇ?それは知らなかった。君いつから男もイケるようになったわけ?」 「そいつは大人しそうな面してやがるが、手癖が悪くてな。俺の金を盗みやがったんでどう甚振ってやろうか考えてたら勃っちまったんで弾みでヤったらまんまとハマっちまった。男相手なんか戦場で気が昂ぶってる時くらいしかヤれねェと思ってたんだがな、俺自身驚いてる」 俺は今度は別の意味で震えた。己の罪を黙っていてもらうことの交換条件に尻を差し出したようなもんなのに、同僚だか何だか知らないがあっさりと俺の悪事をバラしやがって。掘られ損だ。もうこいつ何かと二度と寝てやるものか。 「何今の愛の告白?お前が?ビックリ通り越して俺ちょっと引いてるんだけど。そんな具合いいの?」 「俺は金何か盗んじょらん!あの金は、あいつが俺にくれて寄越したんじゃ!」 「あ、気にするところそこなんだ?」 「お前がそう言い張るならそういうことにしといてやる。とにかくそいつを、返せ」 「さっきから聞いてりゃ返せだ何だ、俺は物やねぇっちゃ!テメェこのタコ!」 「大人しそうに見えてとんでもなく口が悪い。君、こういうのタイプだったんだ?」 「おうよ。この減らず口を屈服させて喘ぎ声以外何も言えなくなるまでブチ犯すのが最近の俺の趣味だ」 「へ~面白そうだね。やっぱ一晩貸してくんないかな?」 怒りのまま吠えていたら幾分身体の火照りが収まってきたような気がした。というよりは怒鳴ることで気を紛らわしているに近い。相変わらず脚に力は入らないし、男の手はいつのまにか俺の尻を通り越して会陰を押すような怪しい動きをしている。まじでやめろ。 「つーかそいつ何かおかしくねェか。いつもなら他人がいるとこじゃ特大の猫被ってるし俺にももうちょいへり下った態度を見せてるはずだが」 「ご名答。色付きのカクテルを飲んでたからなんか盛られてるんじゃない?身体すっごい熱いよ」 「チッ、あんなタチの悪いモン毎度毎度誰が持ち込んでんだ。次見つけたら俺直々に取り締まってやる。オイ、それ以上触んなテメェ」 「根っこを叩かなきゃそれこそ意味がないね。まあ持ち込んでんのは上の連中だろうからたとえ君でも取り締まるのは無理だろうけど。あ~あ。すごく惜しいけど君と対立するのは面倒だ、今回は俺が折れるよ」 「代わりといっちゃあ何だがもうすぐうちの副隊長殿が此処に到着するはずだ」 「あれ、いいの?うまく捕獲出来たら最低でも明日の夜まで出してあげる気ないけど」 「あいつァ、明日非番だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」 「薄情な部隊長を持って可哀想に。じゃあ遠慮なく頂くね」 二人の間で何らかの交渉が成立したらしい。言葉と同時に足が地面から浮いた。 担がれている、そう気付いた時にはイーサン・ヴォンガルドはもう歩き出していた。 降ろせと暴れるのは簡単だった。だが正直まともに歩ける気がしないので大人しくする。何とか顔だけ上げるとシャンパンゴールドの髪を夜風に靡かせながら男がひらひらと手を振っていた。
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