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場所取り係だった僕と橋本さんでゴミとブルーシートを営業所に置きに行くことになった。
『楽しかったかな?』
『うん、楽しかったよ。凄く。
みんないい人だね。
ゴミの後始末もちゃんと考えられてんだね。』
『あはは。意外とちゃんとしたこと言ったー!』
お酒も入ってるせいか、ケタケタと楽しそうに笑いながら歩く。
火照った顔に冷たい夜風が気持ちいい。
時折桜の花びらが混じるこの夜の中をこのままずっと歩いていたいと思った。
ゴミとブルーシートを置いて営業所の戸締まりをした後、橋本さんは『じゃあね』と駅方面とは反対に歩いて行こうとした。
僕は思わず『え?!』と言ってしまった。
『ひとり暮らしはさっき話した駅だけど、ここから実家が近いの。
今日は実家に泊まる。
通りでタクシー拾って帰るね。』
『ああ…なるほど。』
ということは、この辺りが地元なのか。
『この辺りにいいコーヒー屋ある?』
一緒に寄れる可能性を期待しながら聞いてみた。
『芹沢くん、カフェ巡りが趣味だったね。』
そしてまた桜を見た時と同じように一瞬淋しそうな顔をして『…心当たりはないなぁ』と言った。
まだ21時くらいだけどタクシーに乗り込む橋本さんを見送った。
『おっ!またまた意外と紳士だね。ありがとう!』そう言って閉まったドアの窓から手を振った。
僕のことを何だと思ってるんだよ。
やっぱり最初の印象が相当悪かったんだなとあらためて反省した。
駅までの道を遠回りしながら歩いていた。
携帯で調べればコーヒー屋もわかるだろうけど、歩いていて巡り会うのが好きだ。
かなり広い公園を1周するように歩いてみると、道路を挟んだ向こうにレンガ造りの一軒家が見えた。
窓からオレンジ色の光が漏れ、軒先に吊されたランプが《小澤珈琲店》という立て看板を照らしていた。
なんだ、公園の近くに素敵な店あるじゃん。
橋本さんの知らない新しい店なのかな?
ドアを開けると香ばしい香りが胸を打つ。
3つある右側のテーブル席は埋まっていた。
左側のカウンターから白髪のイケメンなマスターが『いらっしゃいませ、カウンター席へどうぞ』と声を掛けてきた。
一番奥の席に座り前を向くと、向かい合ったマスターの後ろに飾られている絵が目に入った。
それは僕が先ほど心を奪われた光景と同じ。
満開の桜の真ん中に上を見上げる女の子がいる。
少しオレンジ色かかって見えるから、同じく夕方の時間なのだと思う。
マスターが不思議そうに僕の視線を辿った。
『あ、すみません、オリジナルブレンドを。
その絵…いい絵ですね。』
『ありがとうございます。
うちのバカ息子が描いた絵でね。』
息子さんの絵が褒められたというのに、マスターは少しも嬉しそうじゃなかった。
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