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(先生......! せんせい......‼ どうかどうか無事でいて......)
走りながら宰は祈り続ける。連絡を取りたくても宰は天音の連絡先を知らない。もし聞いて迷惑になったら、断られたらと考えたら聞けなかった。
こんなことなら、余計なことなど考えずに聞けばよかった。
こんなことになるなら、我慢せず会いに行けばよかった。
こんなことになるならずっと側にいればよかった。天音の側にいれば、今こうやって天音が危険にさらされることもなかったのに。
(こんな、ことなら......)
宰は手あたり次第、すれ違う学生に天音を見なかったかと声をかける。すると図書館の近くにいた学生が、天音と安田が今はあまり使われていない、古い校舎の中に入っていったのを見たというのを教えてくれた。
宰は持てる体力をすべてふり絞って全力で走る。
こんなことなら、何度でも好きだと伝えればよかった。
宰は結局自分のことばかり考えていたのだ。天音にどう思われるとか、嫌われたくないとかそんなことばかり。天音を守りたいと思いながら、守っていたのは傷つきたくないという自分の心だった。
(もう、自分を守るのはやめだ)
気付かない知らないところで、天音が危険な目に合うぐらいなら、どう思われたって天音の側にいる。天音が振り向いてくれるまで好きだと、愛していると伝え続ける。
(先生......!)
心の中で天音を呼びながら、宰は古い校舎の階段を駆け上がった。
「っ......はな~~ください‼」
廊下の先からかすかに声が聞こえる。
「っ!」
宰は息を飲む。宰が聞き間違えるはずがない。間違いなく天音の声だった。
「先生ーーー!!!」
宰は大声で天音を呼んだ。
「......ささ...く......」
天音が宰を呼ぶ声が小さく響く。その声が聞こえた方向に宰は足を速めた。
一番奥の教室で、探していた姿を見つける。
「先生!」
「佐々木くん‼」
今度ははっきりと天音が宰を呼ぶ声が聞こえた。教室の窓から見えた光景に、宰の全神経が殺気立つ。
安田が天音の両手首を掴み、今にもその体に覆いかぶさろうとしていた。
怒りに目の前が真っ赤に染まる。宰は教室の扉に手をかけた、が鍵を閉められているのかその扉は開かなかった。
「先生‼」
「な......お前......‼」
宰に気付いて、安田が焦ったような声を出す。
「汚い手で先生に触るな! 離れろ‼」
扉に体ぶつけるが、頑丈なそれはビクともしなかった。宰の殺気に安田が怯む。その隙に天音は安田の腕から逃げようとした。だけど寸でのところで、腕を掴まれ強い力で引っ張られた。
よろけた天音がそのまま床に倒れ込む。
「せ、んせ......」
「ふん! 古い校舎とはいえ扉が頑丈でよかったよ。そこからじゃ何もできないな」
倒れ込んだ天音に気をつかうことなく、安田か底意地の悪い顔で笑う。
「先生が悪いんですよ、こんなに完璧で素晴らしい私の誘いを断るなんて」
薄気味悪い目で天音の体を舐めるように見る視線に、天音が怯えるように倒れ込んだまま後ずさる。
「先生」
宰は天音を呼ぶ。
「先生、俺を見て」
天音はそろそろと顔を上げて、宰の方を見た。
「大丈夫、大丈夫だよ。俺が今すぐ助けてあげる」
「さ、さきくん......」
あまりに優しく愛しさに満ちた宰の瞳に見つめられ、天音の瞳から涙が一滴零れ落ちた。
「大丈夫だから。先生、目を瞑って伏せて!」
言われた言葉の通り、天音が目を瞑り顔を伏せる。それを確認して、宰は羽織っていたシャツを脱ぐと手に巻きつける。そのまま教室の窓の前まで歩くと、思いっきり拳を叩きつけた。
ガシャーンッと激しい破裂音が鳴り、窓ガラスが粉々に崩れ落ちる。開いた隙間から手を伸ばし窓の鍵を開けると、宰は身軽な動きで窓枠に足をかけ教室の中に飛び込んだ。
「な......」
あまりに大胆な行動に、安田の口から声にならない声が零れる。
「先生!」
それには見向きもせず、宰は天音のところに駆けていく。倒れた天音の体を抱え、顔を覗き込む。
「遅くなってごめんね」
「ささきくん......」
驚きに目を見開く天音に宰は微笑みかける。その微笑みに天音は息を吐くと宰の首にギュッとしがみついた。すぐに宰は抱きしめかえす。その体が小刻みに震えていて、宰の胸が苦しさで締め付けられた。
「せんせい、大丈夫だよ。怖かったね」
強く抱きしめると、天音がうんと頷く。
「もう大丈夫だからね」
大丈夫と何度も繰り返し、しがみつく天音をきつく抱き返していると落ち着いたのか天音が大きく息を吐いた。
「先生?」
だけど宰は違和感に気付く。天音の体が妙に熱い、どこか息も荒くて、宰は心配になって顔を覗き込んだ。宰を見つめる天音の瞳は潤んでいて頬がピンク色に上気していた。
触れる天音の下半身に、固い感触を覚えて宰は息を飲んだ。
「ささきく......」
助けを求めるように、天音が宰の服の胸元を掴む。
「お前......先生に何を......」
地を這うような怒りに満ちた声で、そう問う宰に安田の体がビクッと跳ねる。
「わ、私は何もしていない......!」
宰の立ち上がるような気迫に押され、よろけた安田が置いてある机にぶつかる。その上に、飲み物と紙コップが置かれていて、宰はすべてを悟った。
「くそやろうが......!」
「ひっ...‼」
そう吐き捨てて、宰が安田に掴みかかろうとした。宰の剣幕に、安田が小さく悲鳴を上げる。
「ダメ......」
それを天音が宰に抱きついて止めた。
「だめ......暴力はだめ......」
「先生......」
「僕のせいで......そんなことして、佐々木くんに何かあったら......」
ふるふると頭を振って、必死に天音が宰を止める。こんな目にあっても、自分ではなく宰の心配をしてくれる天音に胸が震えた。
「分かった」
そう言って、宰はしゃがみこむと天音に背中を向ける。
「背中に乗って。こんなくそやろうがいる場所に、一秒でも先生を居させたくない」
宰の言葉に、天音は素直に宰の背中に乗った。天音を背中に背負って宰は歩き出す。横を通り過ぎる宰に、安田がホッと胸を撫でおろすように息を吐いた。それを宰は見逃さなかった。
安田の近くにある机を、宰は思いっきり蹴り上げる。
ガシャンガシャガンッと大きい音を立てて、机と缶が床に転がった。
「先生に感謝するんだな。止められてなかったら、こうなってたのはあんたの方だったから」
「は、............」
腰が抜けたように安田がその場にへたり込む。その姿を睨みつけ、背を向けて通り過ぎる。
宰は天音を大事に大事に抱えながら、教室を後にした。
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