プロジェクトYの始まり。

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 交差点のない一本道。綿アメみたな雲が空に浮かんでいる。  春休みを目前にして、ユキは浮き浮きした気分でペダルを漕いでいた。 「さぁて、何しよっかなぁ」  十六の乙女にとって、ましてや帰宅部の彼女にとって、この二週間をどう過ごすかというのは悩ましい問題だった。 「やっぱカラオケかなぁ……うん」  きちんと二つに纏めた後ろ髪を風になびかせながら、ユキは呟いた  そのうちに、圧倒的小顔の彼女を乗せた自転車はコンビニまでやってきた。 「ん、あれは?」  軽くブレーキをかけながら、ユキは大型駐車場の奥に目をやる。 「兄さんとカノンさんね。何してるんだろ?」  自転車から降りて、離れた場所で二人の様子を眺める。  コンビニの出入り口付近で談笑しているようだが、何を話しているのかは分からない。やがてカノンが手を振りながら、帰る素振りを見せた。  細身の体格をしているカノンは遠目からでもすぐ判る。贅肉を極限までそぎ落とした見事なスタイルは、同性のユキにとって羨ましい限りだ。  兄のミノルも手を振り、同い年のカノンを見送る。  二人はお互いに背を向けた後、ミノルはそばのベンチに腰を下ろし、カノンは自転車に跨がりペダルを漕ぎ出した。  観察を始めてから時間にして数分だろうか。電柱の陰に隠れて、颯爽と自宅へと向かうカノンを見送る。 「兄さん、またパン食べてる」  ごく自然に視線を移した先には、満足げな表情でパンを頬張る兄の姿があった。  ユ キは何食わぬ顔をしてミノルに近づいた。 「お帰り、妹。いつもより遅いな」 「今日は掃除当番。それよりさっきカノンさんと一緒にいたでしょ。アタシ、見てたよ」  ユキはさり気なくミノルへと告げるも、相手は何も答えず、最後の一口を咀嚼している。 「何か言ってよ」  答える義務はない――ユキはミノルの反応を見てそう解釈し、気づいた時には大人しい顔つきの男の首を絞め上げていた。 「ぅらー、吐け! アタシに内緒でまた何か企んでるでしょ」 「ぅえっ! マジで吐く――」  ユキの容赦ない攻めに、ミノルはギブアップした。  ここが田舎町のコンビニでなければ、通行人から奇異の視線を向けられていただろう。本人達もそれを承知の上でじゃれ合っている節がある。この兄妹は小さい頃から仲が良かった。 「で、実際どうなの? 春休みの計画ならこのアタシも交ぜてよ」 「ちっちっ……ここで落ち合っていたのは春の恒例行事みたいなもの。お前は気にしなくてもいい」  ユキはそれを聞いて大げさに鼻にしわを作り、ベンチに腰を下ろした。 「何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど。兄さんはいつも言葉が足りないのよね」 「そうか。ではまず、これを見るがよい」 「これってピンク色のノボリのこと? ふぅん、【春のパン祭り】……、か。三十点集めたらもれなく白いお皿がもらえるのね。そういえばそこのスーパーでも同じものを見たわ」  言って、ユキはこの辺りには一 軒しかないスーパーの方に目をやった。 「さすが僕の妹、察しがいい。これでもう分かったかな」 「分かるかっ! それで分かったら逆に凄いわ。そんなフワッとした説明で理解できるのは名探偵ナンチャラくらいなもんでしょうが。だからヒントをプリーズ」 「ふうむ。では……」  ミノルはパンの空き袋をユキに見せた。透明なビニール。何の変哲もない、ただのゴミにしか見えなかった。 「それがどうしたの?」 「パン好きの僕が、ちょくちょくここに寄っていることは承知しているだろう?」 「まぁそうね。ほかに楽しみもないみたいだし」 「そのことは当然カノンも認識しているわけで、彼女はいつもこの時期になればここで僕を待っている。白いお皿が目当てと言えば、もう分かるだろう」 「……あっ、もしかして」  ユキはもう一度透明な袋を見た。目を凝らし、そして頷く。そこには【1点】若しくは【2点】のシールが貼ってあったに違いない。 「つまり、ここで兄さんはカノンさんにシールを渡してたってことね……はぁなんていうか、つまんないオチ」 「そう言うな、妹よ。必ずもらえるというのが春のパン祭りのいいところであり、醍醐味でもある。ちなみにお皿三枚分のシールはすでに渡してあるがね。これで僕は今年のノルマを果たしたことになるわけだ」 「ねェ兄さん、もっと高校生らしいことしようよ。例えば春休みに可愛い妹をカラオケに連れて行くとかさ。遊び心を失った男な んて女にモテないよ」 「ご忠告に感謝する。確かに子供の頃は学ぶより遊べと両親から教わったものだが、今の僕は立派な受験生なのでね。学びを優先したいお年頃だと理解してくれ。お前は友達でも誘って、若者らしく思う存分に楽しめばよい」 「じじいかっ!」 「何を言う。受験生だ。そしてお前の兄だ」  ミノルはベンチから腰を上げ、そのままゴミ箱に歩み寄り、パンの袋を押し込んだ。 (ホント、真面目なんだから)  ユキは綺麗な横顔を眺める。見ようによっては女に見えなくもない。  無論、ミノルに遊び心があろうとなかろうと女にモテないなどということはなかった。現にユキの友達のほとんどはミノル目当ての女が多く、それほど親しくもないクラスメイトもユキの家に遊びに来たがってるのが実情だ。  それ故にユキは、友達を誘ってカラオケに行くことに躊躇していたのだ。必ず一人や二人、「お兄さんも誘ってよ」と言い出すだろうと踏んでいる。  ユキはただ純粋に楽しみたいだけなのに、兄に色目を使う友達に囲まれたらそれも難しくなる。何とももどかしい現状だ。 「アタシ、ちょっと寄るところがあるから」 「そうか。暗くなる前に帰れよ」 「兄さん。アタシ、もう子供じゃないんだからね」  不機嫌な台詞を言い置いて、ユキは自転車に跨がった。向かうところは一つ。姉のように慕っているカノンのところだった。
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