プロジェクトYの始まり。

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――この町一番の大きさを誇る書店。駐輪場にはミノルとユキの自転車があった。  四月一日。春休みが始まって最初の月曜日。  兄妹は本棚の前で参考書を選んでいた。 「改めて誕生日おめでとう。さあさ好きな参考書を手に取るのだ。遠慮する必要はない」 「どこの世界に誕生日に参考書を買う女子高生がいるのよ」 「今日のことは日記に書いて永久保存することにしよう」 「聞けよ、アタシの話! このバカ兄貴っ」 「はっはっは」 「笑うなっ!」  ミノルはご機嫌な様子で本棚から次々に参考書を引き出し、ユキに渡した。 「あのね、兄さん。アタシが今朝言ったのは、ほんのジョークだからさ。ほら、今日はエイプリルフールでしょ? そんな真に受けられるとアタシが困るんだけど」 「ほほう。であれば僕から母さんに訂正の電話を入れた方がいいのかな」  ミノルは携帯電話を手に持って、チラリとユキの様子を窺う。 「あ、今のもジョーク。は、はは。今日はエイプリルフールじゃない。やあねぇ兄さんったら」 「さすが四月馬鹿に生まれた女。ジョークの天才だな」 「さりげなく馬鹿って言うなっ!」  ユキはパラパラとページをめくり、真面目に選ぶ素振りを見せた。 (さすがにお小遣いを減らすって言われたらねェ……)  そもそもの発端は、家の手伝いもせずに遊び呆けていたユキの生活態度であった。  そして迎えたユキの誕生日。朝食の時間になっても布団から出ようとしないユキに、 とうとう母親はキレてしまい、焦った彼女は苦し紛れに、「勉強頑張ってクラスで十番以内の成績を取る」と宣言してしまったのである。  それはもはやエイプリルフールの域を超えた、真っ赤な嘘でしかなかったのだが、娘に甘い母親はその言葉をすっかり信用して――信用したかっただけかもしれないが――、「これで参考書を買いなさい」と言ってポンと一万円を手渡した。誕生日プレゼントよ、と言い置いて。  それが今朝のことだった。 「カノンから聞いてるぞ。ここを出たらすぐに出発するとしよう」 「兄さんも一緒に?」 「もちろんそのつもりだ」 「へェ、そうなんだ。ふぅん――」  滅多なことではカノンの家まで足を運ばない兄が、一緒に行くと言う。  エイプリルフールかと疑って訝しい目を向けたが、ミノルの様子を見る限りそうでもなさそうだ。 (カノンさん、兄さんも誘ったんだ。まったく、それならそう言ってくれてもいいのに) 「おや、メールが来てる。カノンからかもしれん。ちょっと失礼」 「メールくらいで外に出なくてもいいんだよ、兄さん――あ、行っちゃった」  筋肉質の割に身体が細い兄の背中を見て、ユキは肩をすくめた。  出不精で、筋トレマニアで、おまけに勉強好き。まさにインドア道を極めんとする変人のようなミノルのどこに友達は惹かれるのだろうか。  そんなどうでもいいことを考えているうちに、笑いながらミノルが戻ってきた。 「これは傑作だ。ほれ」  携帯電話の画面には、間抜け顔で寝っ転がったチャームに、子猫が群がってお乳を吸ってるような画像が写っている。 「ん? 何これ?」 「カノンが写真を加工したのだろう。【びっくり! なんとチャームに子供が!】だってさ。あいつはオスだから絶対こんなことあり得ないのにな」 「あはは。アタシ達にか分からない内輪ネタね」 「そろそろ行くか。これを送ってくるということは、準備が整ったというお知らせだろう」 「ちょっと待ってよ。あ、こら! アタシより先に行かないで」  ユキは慌ててレジに向かった。手元には三冊の参考書。結局、ミノルお勧めのものを買い揃えた。
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