クマさんと馬鹿と愛しき者

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☆☆☆ 「さて、仕切り直しだ」  私が落ち着くのを待ってからシキが切り出した。 「今日はみんなが持っている情報を(まと)めることに専念して、生者の塔の攻略は明日からにしよう」 「え? でもまだ日が高いよ。何かしらの行動を起こした方が良くない?」  私の意見をシキは一蹴した。 「闇雲に動き回っても管理人に魂を刈り取られるだけだ。任務成功の秘訣は情報収集に有るって前に教えたろ?」 「あ……そうでした」  アキオがつらい身体で前進したのは、自分の肉体のタイムリミットが近いと察していたから。残される私が地獄を少しでも知れるようにと。  助けてくれたシスイにも忠告されたな。地獄の地形を把握しろって。 「しっかし運良く会えて良かったね。この広い第一階層で再会できるって奇跡に近くない?」  やっぱり私とエナミは運命の糸に結ばれているのかしら? とか恥ずかしい妄想をしていたら当のエナミにしれっと言われた。 「案内人に聞いたんだよ。姉さんの居場所」 「へっ? あの鳥、そんなことまで教えてくれるの!?」 「聞けばね。聞かない限りは教えてくれない」  やっぱり嫌な鳥だな。 「それと残念ながら生者の塔の場所は秘密にされるし、管理人の詳しい情報までは持っていないんだ」 「エナミは地獄に来たばかりだよね? 妙に鳥に詳しくない? 落ち着いているし」 「ああ俺とシキ、地獄へ落ちたのはこれで二度目なんだよ」 「ええええええ!?」  私とトキは目を丸くした。何ですとー。 「はい!? じゃあさ、あんたらは一度生還に成功してるのか!?」 「ああ。こことは違うエリアの地獄だったけど、生者の塔まで辿り着いたよ」 「スゲェ……。マジで現世へ戻れるんだ」  案内鳥から説明はされたが、塔に行けば魂が現世に還るという話はイマイチ現実味が無かった。だが目の前に成功例が居るのだ。  トキは興奮したが、私はエナミが二度目の地獄という点にショックを受けていた。 「何で……? エナミは前にも死にかけたの?」  エナミが苦笑した。 「二年前に徴兵されて参加した初陣でね。活躍はできたけど俺も州央(スオウ)兵に斬られたんだよ」  兵士となったエナミ。頼もしくカッコイイ青年に成長したが、死と隣り合わせの生活をしているのか。これは素直に喜べないなぁ。危険な任務に就くのは私だけでいいのに。  暗い表情になった私を慌ててエナミが気遣った。 「大丈夫だよ、後遺症が出ることなく傷は治ったから。それにね、地獄へ落ちたおかげで俺は州央(スオウ)の人達と親しくなれたんだよ!」 「…………。シキ隊長とか?」 「うん」  二年前に隠密隊を足抜けしたシキ。地獄に落ちたことで彼の心に変化が生まれたのだろうか。いや、エナミと知り合ったから……?  シキはエナミを「ご主人」と呼んでとても大切にしているように見える。二人の間には何が有ったのだろう。聞こうとしたら、エナミが更に驚くことを言ってのけた。 「それからね、真木(マキ)イサハヤ殿とも再会できたんだ」 「! イサハヤおじちゃんと!?」  え、ええ、嘘みたい。イサハヤおじちゃんはエナミと二年前に会っていたの? 「そっか……。姉さんにとってイサハヤ殿は気心の知れたおじちゃんなんだね」  しみじみと遠い目をしたエナミに私は詰め寄った。 「私も会いたい!! おじちゃんは今どんな感じ?」 「現世に戻ってからは手紙でのやり取りだけだけど、お元気で、革命の為に精力的に動かれているようだ。姉さんのことも心配している」  私のことも……? 「おじちゃんは私をまだ覚えてくれているの?」 「当たり前だろ。優しいお方だよ」 「……そうだね……。そうだよね……!」  心が温かくなっていく。イサハヤおじちゃんは昔と変わっていなかった。現世へ戻らなければならない理由がもう一つ増えたよ。 「上月(コウヅキ)マサオミに真木(マキ)イサハヤ……。あんたらって凄い人達と繋がりが有るんだな。んで、分隊長は何で頭を抱えてるんだ?」  トキに指摘されたシキはこの世の終わりみたいな顔をしていた。 「イサハヤ様が現世時間で二日後に、俺達の陣に合流することを忘れてた……」 「あ」  エナミの血の気も急激に引いた。 「……ヤバイ。姉さんのことで頭がいっぱいになって俺も忘れてた」 「ご主人を半殺しにしちゃった俺、現世へ生還しても絶対にあの人に殺されるよな?」 「えっと、あの、シキどんまい」 「庇ってくれよ!! あの人の場合はシャレんなんねぇからな!」  さっきまで余裕を持って会話をしていた二人なのに、どうしたことだろう。 「とにかくご主人を無事に現世へ還すことに専念だ」  明らかに焦っている風のシキ。突っ込んで根掘り葉掘り聞きたいところだが、今は確かに現世へ還る作戦を議論しないと。 「キサラかトキ、おまえ達は生者の塔を見ていないか?」  見てはいないが私は挙手した。 「仲違いして別れたけど、同行者だった女性が生者の塔の場所を教えてくれたよ?」 「そうなのか? 道順を教えてくれ、図にする」  私はサエから聞いた情報をシキに渡した。あの時点では私と一緒に行動したがっていたサエ。嘘を吐いてはいないと思う。  シキは木の枝を使って地面に地図を描いた。覗き込んでトキが頷いた。 「あぁそうそう、俺も湖までは行ったよ。何だ、この先に塔が在ったんか」 「トキはどれくらい地獄に居るの?」 「今日で四日目だな。戦えないもんで、管理人の姿を見つける度に迂回する羽目になるからさ、なかなか探索が進まないんだよ」 「見ただけか……。じゃあ管理人の攻撃パターンは判らないよな?」 「あ、私戦ったよ」  再度挙手した私へ皆の視線が集まった。 「戦ったの!? 姉さんよく無事だったね」  管理人と対峙したのは二回。二回目はシスイに救われた。口止めされているから言えないけどね。  そして一回目は……。 「アキオ隊長が一緒だったからやり過ごせた。彼が管理人を追い払ってくれたんだよ。その後に現世の肉体に限界が来て、隊長は死んじゃったけど……」 「そうか……アキオが……」  彼を知るシキが目を伏せた。 「たったの数時間だけだったけどね、アキオ隊長は私と居てくれたんだ」  彼が居なかったら、一回目の管理人戦で私は死んでしまっていただろう。そしてエナミと永久に会えなくなっていた。  アキオのことを思い出すと哀しいけれど、彼のことをもっと話したい。あの素敵な人をみんなに知ってもらいたい。  私はシキとは逆に胸を張った。
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