月下美人

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月下美人

 トキからも情報を聞けたので、地獄の地形のかなり広範囲を明らかにすることができた。シキが地面に描いた地図を私達は頭で記憶した。  そして行く手を阻む管理人だが、私とアキオの二人でも追い詰めることができたので、シキとエナミが加入した今なら倒せそうだと皆は考えた。 「管理人同士が連携すると厄介なんだ。一体ずつ倒した方がいい」  かつて地獄からの生還を果たしたエナミからの忠告だ。彼が一度目に落ちた地獄では、管理人に組まれて大変な苦戦を強いられたそうだ。塔の近くが定位置の女管理人と空を飛んで獲物を狙う男管理人、彼らは合流させない方が良さそうだね。  なので、明日はわざと目立つように歩いて男の管理人を呼び寄せ、彼を確実に倒してから生者の塔へ向かう方針となった。 「暗くなってきたな」  シキが空を見上げて呟いた。地獄は雲が多く、しかも今居るここは木が多い山の中だ。もともと薄暗かったがそれとは違う闇が訪れていた。夜の始まりだ。  私達は交代で見張りをしつつ眠ることにした。  シスイに破られた片袖は復活していたし、背中の傷も完全に治っているようだ。明日は上手く男管理人を倒せますように、できれば痛いことが有りませんようにと願い、私は山道の草の上に身体を横たえた。  そして……どれだけの時間が経ったのだろうか。  私の傍に人の気配を感じた。見張り交代で起こしに来たんだろうと思ったのだが、そいつはしゃがんでいるだけで何もしてこない。 (もしかして……私の寝顔を観察しているとか?)  薄ら寒くなった私が(まぶた)を開けると案の定、暗闇でも表情が判るくらいに接近したトキが鼻の下を伸ばしていた。 「……何してんの?」  少し離れた所にエナミとシキがそれぞれ寝ている。彼らを起こさないように私は小声でトキを咎めた。 「あいや、見張りの交代時間だよ……と」 「だったらさっさと起こしなさいよ」 「ハハハ……。じゃ、俺は寝るから見張り宜しく」  野郎、私を助平心で見ていたな。地獄でも男は溜まったりするのだろうか?   危ないなぁ。エナミ達が居なかったらトキに襲われていたかもね。ま、そうなったら容赦なく急所を蹴り飛ばすまでだ。 「ふう」  私は一本の細い木を背もたれにして座った。ここから体感時間で二時間、私が見張り番を担当する。  起きたばかりだが既に眠気が飛んでいた。午前中(?)に傷を癒す為に、眠りはしなかったが身体を横にしてた休んでいた。そのおかげかな? 魂の回復が完了しているっぽい。  周囲を窺っても動く者は居ない。微かな虫の声がするだけだ。  私はぼんやりと空を眺めた。雲の陰から欠けた月が少しだけ顔を覗かしている。地獄って地底じゃないのかな? あの月や昼間の太陽は何なんだろう。 (……ん?)  視界の隅を影が動いた気がした。目線を下ろし仲間達の無事を確認する。 (……んん?)  眠っているエナミの傍に誰かが居た。いつの間に接近したの!? 歩く音も気配もしなかった。私と同じ忍びのシキも気づかずに眠ったままだ。  誰だ! と声を掛ける前に、相手が身構えた私に気づき顔をこちらへ向けた。 (あ…………)  柔らかな月光に照らされた端正な(おもて)は人差し指を自分の口に当てて「静かに」というジェスチャーをした。 (シスイさん!?)  シスイが片膝を地面に付けて身体を屈め、寝転ぶエナミを静かに見ていた。(いつく)しむかのような優しい眼差し。そこだけ切り取ったら一枚の絵のように美しい。  やっていることは私の寝顔を盗み見したトキと同じなんだけどね。  数十秒後、シスイは立ち上がり山道を下り始めた。来た時と同じように一切の音を立てずに。私もできるだけ足音を消して彼の後を追った。 「ちょっと待って下さい!」  眠っている三人からある程度離れてから、私は数歩先にまで迫ったシスイを小声で呼び止めた。予想していたのかシスイはすぐに立ち止まり私を見た。 「無事に弟と再会できたようだな」  普通に話し掛けられて少し面食らった。 「う、うん、あなたが助けてくれたから。あの……それで」  私は先程の光景を思い返して尋ねた。 「あなたは私の弟……エナミを知っていたのですか?」 「………………」  シスイは少し困った表情となったが話してくれた。 「……知っている。俺は生前、彼と同じ第六師団に所属していた」 「あ、シスイさんも桜里(オウリ)兵団の兵士でしたか……」  彼がさっきエナミを見た表情、あれは戦友を懐かしむものだったんだね。 「なら弟が起きている間に会ってやってくれませんか? 喜ぶと思います」 「……駄目だ」 「どうして?」 「俺はもう死んだ身だ。生者と同じ時を過ごせない」 「………………」 「過去である俺のことは忘れて、あいつには前へ進んでもらいたい」  だから彼は自分のことを人に話すなと言ったのかな? 切ないなぁ。 「それに俺には……、こちらの世界でやらねばならない大切なことができた」 「それは?」 「生者は知らなくていい」  管理人をも従えるシスイは地獄でおそらく地位の高い人だ。それ関係? 「俺とエナミの道は完全に(たが)えた。だからもう……これでお別れだ」  まるで自分に言い聞かせるように述べるシスイ。涙は無かったが彼が泣いているように感じて、私はわざと明るくおどけてみせた。 「あは、でも私が見張りの時で良かったですね。他の人があなたを見つけていたら大騒ぎになってましたよ?」 「だからおまえが見張り番になるまで待っていた」 「へ」  待っていたの? 完全に気配を消して樹の陰に隠れてずっと? エナミの顔を数十秒間覗き込む為だけに?  途中まで良い話だったのに、最後でちょっとだけ冷めた。
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