願った先の悲恋

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願った先の悲恋

 私は口づけされたことだけ伏せて、シスイがどう行動したか何を話したか、彼に関する情報を全てエナミへ渡した。 「シスイ……。アイツは今シスイと名乗っているのか……」  中でもエナミが興味を示したのは彼の名前だった。 「明鏡止水(めいきょうしすい)のシスイですって」 「そうか、剣の道に生きたアイツらしいな。シスイ……シスイ」  仮とはいえ、恋人の名前を呼べたことがエナミは嬉しいようだ。切ないなぁ。 「よし、シスイの話は一旦終わりだ。今日からは生者の塔へ向けて積極的に動かなきゃならん。ホラみんな立て」  シキが話を強制終了させて座っていた私達を急かせた。 「シキ、あのな……」 「切り替えろ、ご主人」  エナミが何やら言い掛けたが、シキが言葉を被せて止めた。 「あんたがここへ来た理由を思い出せ。今しなくちゃならんことは、キサラを連れて現世へ還ることだろう?」 「……うん」  エナミは少し離れた所に置いていた矢筒と弓を取りに行った。その後ろ姿が可哀想で、私は小さい声でシキにお願いした。 「早く現世へ戻らなくちゃいけないのは解っているけどさ、少しだけ弟に時間をあげてよ。亡くなった恋人と思わぬ再会を果たせるかもしれないんだよ?」  シキは私を睨みつけた。 「馬鹿、再会したらマズイんだよ。おまえもアイツの……シスイの話はできるだけするな」 「どうしてさ?」 「シスイはエナミと会うつもりは無いと言ったんだろ? 死者の自分と生者のエナミとでは進む道が違うって」 「そうだけど、でも会うくらいは……」 「おまえがその話をした時、ご主人はどんな顔をした?」  シキに言われて私はドキリとした。  シスイの言葉を伝えた時、エナミは現世で私と再会した時のように顔を(しか)めた。また泣かせてしまうのかと身構えたが、エナミは泣かず瞳に強い力を灯した。あれは「意志」だ。 「ちょっとシキ隊長……。あなたはエナミがとんでもないことをしでかすと心配してるの?」 「もう既に一度してるからな。おまえを助けにわざわざ瀕死になった男だ」  私は冷水を浴びた気分となった。 「ま、待ってよ。まさかエナミが死者と生者の垣根を越えるとでも?」  それはすなわち完全に死ぬということだ。地獄と相性が良い魂を持つエナミもまた、シスイと同じく統治者と契約できるかもしれないのだ。死んだ後に。 「そうさせたくないならシスイの話題はもう出すな。おまえの弟は普段は理知的だが時々暴走するんだよ。トキも解ったな?」 「あいよ」 (エナミが今度こそ本当に自殺するかもしれない……?)  弟の恋を応援したいと思っていた私はとんだお花畑だったようだ。シスイもその可能性を危惧して口止めしたのかもしれない。うわあぁ、私やっちゃったよ。 「お待たせ、行こう」  矢筒と弓を装着したエナミは一見すると穏やかだ。どうか早まらないでね……!  私は引き()った笑顔を彼に返し、歩き始めたシキとトキの後をエナミと共に追った。  山のそれほど高くない位置に居た私達は、十分も経たずに下山を完了した。  みんな普段から身体を動かす職に就いているので足腰が丈夫で、体力的にも優れている。これなら今日一日だけでもだいぶ先へ進めそうだ。 「分隊長、ここからどの方角へ向かうんだ?」  エナミの方が高官だが、最年長で経験豊富なシキが自然とみんなのリーダーになっていた。 「キサラから教えてもらったルートを試してみよう」  邪な看護師・サエから聞いた道順だな。荒れた土地と丘を越えて、湖を回った先に生者の塔が在るそうな。 「でもこの先の荒れた土地には身を隠せる場所が無くて、空を飛ぶ管理人に見つかりやすいよ? 現に私はそこでボコボコにされたもん」 「そこでシスイが助けに入ってくれたんだよね?」 「あ、うん……」  エナミに確認された。シスイの話題になったせいでシキが怖い顔をしているが、今のは私が悪いんかな? 「管理人、上等だ。ここで一人倒しておけば後々楽になる」  エナミが不敵に笑った。もしかしてここで戦えばシスイが助っ人してくれるとか期待してない? 「そうだね。私独りでも一矢報いることはできたから、エナミとシキ隊長が加入した今なら簡単に倒せるかも」  そうなるとシスイは現れないだろう。彼は(気に入った)生者の危機に一度だけ駆け付けてくれるヒーローだから。 「うん。こちら側に犠牲を出さずに確実に仕留めよう」  あれ? 「エナミはそれでいいの?」 「ははっ、姉さん。俺がシスイを呼ぶ為に、わざと危機的状況を造り出そうとしていると思った?」  思いました。誘い受けみたいになっちゃったな。シキの目つきが増々鋭くなる。 「そんなことはしないよ。俺はこれでも隊長職に就く兵士なんだ。味方の被害は最小限に抑える」 「だよね!」  エナミが冷静でホッとした。 「それに危うい真似なんかしなくても、絶対にシスイは俺を見ている」 「ん?」 「アイツが俺から目を離せる訳がないんだ。姿は見えなくても近くに居るはずだ」  言い切った。愛されている自信と言うヤツ? 「居るん!?」  トキが慌てて周辺を見回す。 「居るさ。こちらから見つけて必ず引っ張り出してやる」  エナミが笑っていた。朝起きた時は膝を抱えて静かに泣いていた弟が、好戦的な視線をあちこちへ向けてシスイを捜している。  あー……、エナミ徴兵される前は狩人をやってたんだっけ。これは重度の職業病だ。かくれんぼしている恋人を捜す行為が、得物を狩る行為に変換されている。 「シスイ……、さっさと出てこないと胸を矢で()られるかもな……」  私と同じ結論にシキが辿り着いていた。
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