願った先の悲恋

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「よし、俺が先頭に立つ。中間にキサラとトキ、しんがりはご主人にお願いする。前の者から三メートルは間隔を空けて歩け。密集し過ぎると敵襲に遭った際、自分の動きを封じることになるから気をつけろよ」  シキの指示通りに隊列を組み、私達四名は荒れた土地をてくてく進んだ。  塩を撒かれたんじゃないかと思わせる程に水分が無く乾燥した大地。土の割れ目に足先を取られないように注意が必要なので、どうしても歩行速度が遅くなってしまう。 「トキ、あなたは管理人が現れたら私達に構わず走って逃げなさいね?」  民間人を巻き込みたくない気持ちも有るが、ぶっちゃけ非戦闘員にウロチョロされると邪魔なのである。サエの時なんか後ろから刺されたし。 「任せろ。逃げ足の速さにかけては誰にも負けねぇ!」  格好良いことは何一つ言っていないのに、トキは親指を立てて決めポーズを取った。阿保だ。私は白い歯を見せて笑う彼から視線をずらして上を見た。  曇りでも昼間は空を見上げるとそれなりに眩しい。目がやられるので上空監視は長い時間続けられない。 (…………ん!?)    ()の光に何かが反射した。もう何度も見ている、あれは死神の鎌だ! 「来た! 上空に管理人!!」  私が上げた大声でシキが抜刀し、エナミが弓に矢をつがえた。そしてトキは逃げようとして大地のひび割れに足を引っ掛けてその場に五体投地(ごたいとうち)した。この馬鹿たれぇ!  白い服と黒い翼。葬送の色を(まと)った管理人がトキ目がけて急降下する。奴に遭うのはこれで三度目、私を蹴りまくったあの野郎だ。 「うぉわっ!?」  トキは回転する自身に驚いた。私が彼に抱きついて地面をゴロゴロ転がったからだ。  ビュオンッ!  私達が移動したので管理人の鎌は空振りした。風圧で大地が削られて地面のひび割れが増えた。 「ふぇっ……」  トキは(おのの)いたが地獄経験者であるシキとエナミは落ち着いていた。鎌の風圧を受けない距離まで飛び退(すさ)り、エナミがつがえていた矢を放った。  ザスッ、と心地良い音がして管理人の右上腕に矢が突き刺さった。 「!」  残った左手で鎌を振るおうとした管理人であったが、ザスッ、もう一本の矢が今度は左腕を封じた。エナミの連射だ。  得物の大鎌を落としてしまった管理人へ、今度は背後からシキの刀が迫った。 「!!!」  管理人はギリギリ身体を(ひね)って内臓への直撃を避けたものの、左手を肘の上から斬り落とされてしまった。死者であるはずの管理人は傷口から大量の鮮血を噴き出した。  ────勝てない。管理人に命令を出している仮面の疑似人格はそう判断したのだろう、翼を羽ばたかせて逃げようとした。 (させるか!)  ドグッ。  クナイを投げようとしていた私は固まった。エナミが飛び蹴りを管理人へ食らわせたのだ。  管理人の男はシキの横を吹っ飛んで地面にダイブした。 「……逃がすかよ」  管理人を睨みつけるエナミの表情からは、私に再会できて嬉し涙を流した優しい弟の面影が消えていた。  エナミは弓に新たな矢をつがえて管理人を見下ろした。管理人もエナミを睨み返すがエナミの気迫の方が上だった。 「仮面の下の戦士、あんたも嫌々死神をやらされているんだろう。楽にしてやるよ」    エナミには迷いが無かった。そんな彼を私は少し怖いと思ってしまった。 「みんな、上を見ろ! まだ来るぞ!!」  叫んだのはトキだった。逆光で黒い影としか見えないが、上空には翼と大鎌を持つ別の管理人の姿が在った。  エナミは矢を空へ向けて放った。負傷の度合いが大きい地上の管理人よりも、新たに登場した空の管理人の方が脅威になると考えて標的を変えたのだ。  カンッ。  エナミの矢は大鎌で弾かれた。そればかりか、空の管理人は鎌を地上の私達目がけて投擲(とうてき)したのだ。 「散開!」  シキの号令で全員がその場から走って逃れた。  ドゴォン!!!!  土に深々と突き刺さった大鎌が大地を割って、硬い土がつぶてとなって私達を襲った。痛い痛い地味に痛い、まるで(ひょう)だ。砂埃が舞って視界も悪くなった。  しっかし武器の鎌を投げるとは大胆な戦法に出る管理人だ。丸腰になることを恐れていないのかな? 「……逃がした」  悔しそうなエナミの呟きが聞こえた。砂埃の上の空、腕をシキに切断された管理人が飛んで逃れていた。矢がまだ届く範囲だが、距離が開いたので簡単に()けられそうだな。エナミもそう思ったのだろう。  まんまとやられた。第二の管理人は私達を倒す為ではなく、一人目の彼を逃がす為に鎌を投げたのだ。 「この地獄の管理人は男一人に塔を守護する女一人、二人体制ではなかったのか?」  シキが疑問を呈したので、私は空中に居る二人の管理人を観察した。  一人目は私と何度も戦った男の管理人。  後から来たもう一人は……さっきより低い位置に居るので容貌が見えたが、こちらも男のようだった。  目の周囲だけを隠す一人目と違って、二人目は顔全体を覆う仮面を装着している。腰には長太刀。これが有るからあっさり鎌を手放したんだな。 (……………………あれ)  何だろう、私は長太刀を装備する管理人に懐かしさを感じていた。  相手も私のことをジッと見ているような気がする。 「俺達が案内人に説明を聞いた時は、管理人には欠員が出ていたはずだった」  そうだね。私もそう聞いた。 「その後に誰か優秀な戦士が死んで、新たな管理人として補充されちまったようだな」  トクン。  シキの推測を聞いた私は心がざわめいた。  優秀な誰かが死んで、新たな管理人として補充……? 「あっ」  管理人は二人とも上昇して雲の中へ消えてしまった。退却する時はあっけないものだな。  鎌は地上に残されたままだが、私達の装備品同様にいずれ彼らの元へ戻るのだろう。 「倒せなかったのは残念だが、この荒れた土地は抜けられそうだ。次はもっと戦いに適した場所で奴らを迎え討とう」 「ああ、管理人と充分に渡り合えると判っただけでも収穫だ。姉さんにトキ、怪我は無いか?」  立ち上がったトキが詫びた。 「わりぃ、俺がコケて足を引っ張っちまったな。キサラっち、世話をかけてばっかでスマン」 「あ、うん……。気にしなくていいよ」 「さ、行動だ。今日の内に生者の塔をこの目で確認しておきたい」  シキに促されて私達はまた歩き始めた。私の心にわだかまりを残して。  あの管理人はいったい誰なんだろう…………。
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