願った先の悲恋

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 しばらく歩くと地面に水分と草が戻ってきた。歩きやすくなったが傾斜がついて体力をじわじわと奪う。丘へ入ったのだ。細いが木もポツポツ生えている。  こことは別の場所だが、似たような丘をアキオと登ったな。そういえば二人で疑問に思ったことが有ったっけ……。 「草や木に(まと)わりついている虫って何なんだろうね。虫が罪を犯せるとは思えないんだけど、何で地獄に落ちたんだろう?」  アキオとのことが全て思い出になっちゃった。 「落ちてないよ。虫はここで生まれたんだよ」 「え?」 「地獄に落ちるのは人間だけだね。人間の魂が衝撃を受けて欠けると、そこから新しい生命体が誕生するんだよ。虫だけではなく、木も草も地獄で命有るものは全て、元々は誰かの魂の一部だったんだ」 「そうなの!?」  エナミの回答はとても意外なものだった。 「うん、これも前の地獄で別の案内人から聞いたんだけどね。地獄に落ちた魂はさ、酷い怪我をしたり大きく心が動かされたりする度に、少しずつ欠け落ちてしまうんだって」 「あ、前に聞いた魂の摩耗ってそういう原理で起きるの!?」 「そう。俺とシスイみたいに、地獄と相性が良い魂は欠けてもすぐに回復するからいいんだけど、それ以外の魂は徐々に弱ってやがて死んでしまう」  トキが胸を押さえて不安そうに顔を歪めた。 「うげげ……。俺あんまり感動するのやめよう。でも素直だから自然に心が動いちゃうんだよなぁ……」 「短期間で現世へ戻れれば大丈夫だ。それで欠け落ちた魂だけれど、欠片(かけら)が小さければ植物や虫に、大きい欠片からは動物が生まれるんだ」 「てことは昨日遭遇した熊は……」 「うん、誰かが大きな欠片を落としたんだろうな。そこから生まれた」  怪我や心が大きく動く度にか……。私もアキオの死を見送った時に魂の一部が欠けたんだろうか。 (……………………ん?)  私は熊が死んだ時のことを思い出していた。黒いモヤが発生した後に肉体が霧散した。そして小さな光が地面へ吸い込まれていった。  完全に死んだ魂は下層へ落ちる。案内人やサエはそう教えてくれた。  でも彼は……彼の場合は……。 「ねぇエナミ、それにシキ隊長……」 「ん?」 「死んだ魂が天へ昇ることも有るのかな……? そんな事例に遭遇したこと有る?」 「有るよ」  エナミがさらりと肯定した。 「罪を(ゆる)された魂は極楽へ運ばれるんだ。美しい光の粒に囲まれてね」  光の粒は見えなかったが、そうか、アキオはやっぱり極楽へ行けたんだな。  ホッとしたのも束の間、エナミは知りたくなかった事実も教えてくれた。 「もう一つ、管理人に選ばれた魂も天へ昇る。雲の中が管理人達の休憩所だから」 「え…………」  管理人?  管理人って言った?  エナミは目線を足元に落とした。 「前の地獄でさ、仲間の一人が死んだ後に管理人に選ばれたことが有ったんだよ。まだ十五歳、明るくて仲間想いのいいヤツだった……」 「すまねぇご主人。そいつは俺の部下が殺した若い兵士のことだよな?」 「シキ、おまえを責めるつもりはない。あの時の俺達は敵同士だった。俺もおまえの部下を殺したんだ、お互い様だ」  エナミとシキはかつて殺し合いをしていたのか。  そうだよね、シキは州央(スオウ)の忍びだったんだし、彼が所属していた隠密隊は私達の親の仇。主従関係となれた今の状態が異常なんだよ。 「………………」  彼らの事情にも興味が有ったが、私には他に確かめたいことが有った。 「あの……シキ隊長」 「何だ」 「さっき鎌を投げてきた二人目の管理人、私、知っている人のような気がするんだ……。あなたはどう感じた?」 「どうって…………」  シキは(いぶか)しむ目を私へ向けて、その数秒後にハッと見開いた。 「おいキサラ、アキオが死んだ時の状況を話せ」 「現世の肉体に限界が来て……」 「そこじゃない、死んだ後の事だ。奴の魂は下層へ落ちたんだよな!?」  私は頭を左右に振った。 「ううん……。空中に浮かんで……昇っていったの。手を伸ばして捕まえようとしたら、見えない何かに弾かれて邪魔をされた……」 「昇った? 光の粒は発生したか!?」  私はもう一度頭を振って否定した。 「畜生!!」  緊迫したシキの声で私は確信した。長太刀を装備した二人目の管理人、あれはアキオだったのだ。 「な、なぁそれって……、キサラっちの知り合いが新しい管理人になったってことか?」  トキが尋ねてシキが左手で頭を抱えた。 「そうなんだろうさ。……クソッ、確かにアキオは忍びとしては不器用な奴だったが、実直な凄腕剣士で管理人に選ばれても不思議じゃねぇ!」  アキオにもう一度会いたかった。でもこんなことを願った訳じゃない。 「姉さん……」  弟が私を気遣う。でも慰めの言葉は掛けられないようだ。 「エナミ、管理人になってしまったあなたの仲間、その人はどうなったの?」  エナミは私から顔を(そむ)けた。 「エナミ、教えて」 「………………」  押し黙ってしまった彼の代わりにシキが答えた。 「……殺したよ。殺して死神の職務から解放する、それが管理人となった死者を救う唯一の方法だからな」 「!」  ヤバイ。眩暈(めまい)を起こしそう。  アキオへの恋心を意識した途端に先立たれて、まだ立ち直れていないのに殺し合うの?  もう一度アキオは死ななくちゃならないの? 「新しく管理人になったその人は……、キサラっちの大切な人だったん?」 「あはは。大切って言うか、惚れた相手だよ」 「! キサラ……」 「姉さん……!」  男達は渇いた笑いを浮かべる私を見て心配した。 「ねぇ、管理人は仮面によって意思を封じられているんだよね? ならアキオ隊長の意識は今眠っている状態なのかな?」 「いや……」  エナミが重々しく述べた。 「脳の命令系統を奪われているだけで、ちゃんと意識は有るよ。姉さんのこともシキのことも、アキオさんは見えているし声も届いている」  そんな。もう笑うしかないよ、あんまりだ。 「あははは、それって最悪。アキオ隊長は、自分の身体が私を殺そうとするのを眺めている状態なのね?」 「ひでぇ……。統治者は何だってそんな残酷なことを管理人にさせるんだよ、悪趣味だろうが!!」  トキが私の心情を代弁してくれた。それに対してエナミが静かな声で説明した。 「人間同士が殺し合うことの虚しさを魂達に教える為だよ。地獄は刑場……。第一階層でも刑罰は既に始まっているんだ」  私は服の裾を握って涙を(こら)えた。泣けない。管理人になってしまったアキオはもっとつらいはずだから。
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