塔の番人

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塔の番人

 一時間程度かけて丘を越えた先には巨大な湖が広がっていた。まるで海だ。  サエの情報では向こう岸に生者の塔が在るそうだが、対岸が遠い上に向こうには背の高い樹木が森レベルで生えているので、こちら側から塔を視認することが出来なかった。 「泳いで渡るのは危険だな。距離が有る」 「でも分隊長、湖を迂回するともっともっと遠回りになるぞ。だから俺は前にここへ来た時、諦めて途中で引き返したんだ」 「泳いでいる最中に管理人や水生動物に襲われるよりはマシだ。素直に湖に沿って歩こう」  シキに反対する者は居なかった。これだけ大きな湖、ヌシが棲みついていても不思議じゃない。水の底から何かに引っ張られることを想像して私はゾッとした。  てくてくてくてく。  四人で列になって歩いた。脚が重く感じるのは山並みに傾斜がキツい丘を踏破したせいか、それとも管理人の一人がアキオだと知ってしまったからか。……きっと後者だな。 「キサラ」  先頭を歩くシキが前を向いたまま話し掛けてきた。 「ん?」 「アキオとは……良い関係を築けていたようだな」  デリケートな部類の質問だが、私はみんなの前でアキオが好きだったと告げた。今さら隠すことではない。 「どうだろうね? 現世に居た頃は業務連絡以外で会話をした記憶が無い」 「しかしアキオはおまえがヒサチカに()られそうになった時、代わりに自分を殺せと言った。おまえを想っていなかったらそんな台詞は出ないだろう」 「……うん。アキオ隊長はずっと私を気にかけてくれていたみたい。私、全然気づいてなくてさ、彼に素直になれたのは地獄へ落ちてからなんだ」 「アキオは……、地獄では数時間しか生存できなかったんじゃないのか?」 「そう。だから想い合う恋人同士みたいなことは何一つやれなかったよ。好きだって私が自覚したのは彼が死ぬ直前だったからね」 「………………」  私は自嘲した。 「馬鹿みたいでしょ? 色仕掛けが得意のくのいちがさ、好きな相手に何も出来なかったなんて」 「くのいち? キサラっちは忍びだったん? どうりで身が軽い訳だ」  トキに職業を知られたが、仕える(あるじ)さえバレなければ大丈夫だ。もっともエナミとの再会を果たした今、私はもうイズハ国王の為に動くつもりが無い。現世へ還った後はシキのような立場になれたらいいんだけど……。  後ろを歩くエナミが私の肩にそっと手を置いた。 「姉さん、本気で人を好きになった時は誰だって不器用になるよ」 「エナミにも経験が有るの?」 「うん……。俺とシスイは男同士だからさ、なかなか一歩が踏み出せなくてね、恋人として過ごせたのはたった二日間だけだったんだ。そしてアイツは死んだ」 「エナミ…………」 「あれからずっと後悔ばかりだ」  弟もつらい恋をしていた。 「アキオさんは、彼を救う為に倒さなくちゃいけない」 「うん……」  彼は既に一度死んでいる。現世へはどうやっても戻れないのだ。 「でも支配の仮面さえ外すか壊すかすれば、アキオさんは自分の意思で話せるようになる」 「あ……!」  そうだ。そうだよ! 「ねぇねぇ、仮面が無くなればアキオ隊長は元に戻るんだよね? 私達の仲間になってくれるんじゃない!?」 「可能だね。でもごく短い時間だけだ。支配の仮面はさ、死者へ仮初(かりそめ)の生命力を供給しているんだ。アレを装着しているから、管理人は死んだ後も第一階層に留まっていられるんだよ」 「え……。それならシスイは? 彼だって死者なのに仮面無しで活動しているよ? 案内人だって!!」  私は僅かな希望に(すが)りたかった。アキオをどうにかして取り戻したい。 「シスイの魂は地獄と相性が良いから仮面無しでも動けるんだ。案内人についてはよく解らないけど、きっと鳥に身体を作り変えられた際に、統治者から何らかの処置を受けたんじゃないかな」 「………………」 「苦しいだろうけど姉さん、仮面を外した時が素のアキオさんと話せる最後の機会なんだ。けっしてその瞬間を無駄にしないで」 「………………」 「彼の死はもう確定したんだよ。いろいろな奇跡が起こる地獄だけれど、死を(くつがえ)すことだけは絶対に出来ない」  だよね。死んだ存在が復活したら世界の(ことわり)が滅茶苦茶になる。大きな力を持つ地獄の統治者すら手を出せない禁忌なのだろう。 「……解ったよエナミ、ありがとう。アキオ隊長との最後の時間を有意義に使えるように頑張るよ」  何とか笑った私をエナミは哀しそうに見つめたが、彼も微笑み返してくれた。  更に重い足取りとなって私達は進んだのだった。 ☆☆☆ 「お、おおお~!」  トキが目当ての対象を見つけて歓喜の声を上げた。  一度短い休憩を挟んだ以外は五時間くらい歩きっ放しだった。湖デカ過ぎ。脚が棒になりそうになった頃にやっと湖をぐるっと回って対岸へ到着した。右手に森、そして左手には岩が点在する野原。 「アレが……生者の塔だよな!?」  まだ距離が在るものの、野原の中心に白い建造物が見えた。サエの情報は正しかった。 「森へ入って樹で身を隠すぞ。今日は塔の位置を確認できたことを成果として身体を休めよう。疲労している今ではとても管理人達と戦えない」  ホッとした。正直言ってヘロヘロだったのだ。  みんなも疲弊しているはずなのにまだ脚の動きが力強い。同じように鍛えていても、こういう所に男女の差が出ちゃうのね。  樹木の枝と葉が造る傘の中へ身を潜めた後、私はすぐに腰を下ろして(くつろ)ぎモードに入った。しかしまだ立ったままのトキが言ったのだ。 「なぁ、アレが塔を守護する管理人かな? 女っぽい服着てるし」  トキの言葉を受けて全員が彼の近くへ寄った。ヤレヤレ、一度下ろしたお尻をもう一度持ち上げるのは重かった。
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