塔の番人

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 樹々の隙間から野原の方へ目を凝らした。  遠い向こうに翼を生やした人の姿が見える。間違いなく管理人だな。  しかしアキオともう一人の男の管理人が白い衣装だったのに、そいつは黒いドレスのようなものを身に(まと)い、大鎌と対比するような大きな盾を持ち、そして金色の髪を陽に輝かせていた。瞳の色までは識別できなかったが……。 「服装といい髪の色といい、あの管理人はイザーカの人みたいだね」  私は率直に感想を述べた。  州央(スオウ)桜里(オウリ)から海を隔てた向こうに在る大国・イザーカ。そこには金や赤い髪、(あお)(みどり)の瞳を持つ人々が多く住んでいるそうな。  交易を始めてから国にはイザーカの商人がたくさん入り込んだ。その内の誰かが強盗に襲われるかして死んで地獄へ落ちちゃったのかな。 「……………………」 「……………………」  シキとエナミが食い入るように金の髪の管理人を見ていた。 「おいご主人、あの特徴的な大盾は……」 「うん……。あいつが持ってたアレと同じように見える……」 「おいおい、女の管理人ってまさか……あいつのことだったのかよ!?」 「シスイに続いてまでこっちの地獄に来ているなんて……」  二人にしか解らない会話をしていたので尋ねてみた。 「どういうこと? あの管理人のことを何か知っているの?」  シキとエナミは決まりの悪い顔をした。 「たぶん……あいつは俺達の知り合いだ。ミユウと名乗っていて、前の地獄で世話になった相手だ」 「えっ……、そんな!」  アキオのことで悩んでいる私は二人に同情した。 「あなた達も……、親しい相手と戦わなくちゃならないんだね」 「いや、あいつに関しては容赦無く思いっ切りボコって大丈夫だ」  即答したシキに驚いた。今さっき世話になったとか言わなかった?  エナミも困惑していた。 「シキ、流石にそれはマズイんじゃ……」 「俺の尻の仇だ」  エナミが「ああ~……」と納得した表情をして口を(つぐ)んだ。 「シキ隊長、尻って何?」 「聞くな」 「言ったの自分じゃない」 「うるせぇ、この話はこれで終わりだ。とにかくミユウには遠慮しなくていい」  シキはそっぽを向いて少し離れた所まで歩いた。そこを自分の休憩スペースに選んだようでゴロンと寝転がった。エナミも苦笑してシキに付き合った。  何なんだ。疑問符を頭の上に浮かべている私へトキが小声で囁いた。 「世話になったとは悪い意味でのことじゃね? あんま思い出したくない事情みたいだからさ、しつこく聞かない方がいいかもな」  おお、トキってば大人だ。精神年齢が低そうとか思ってごめん。 「俺らも休むか」  私達はその場に座って脚を伸ばした。あああ、太股(ふともも)、ふくらはぎ、足首、全てがダルイよ~~~。  涼しい顔をしているトキに感心した。 「トキは凄い体力だね」 「まーな、俺の唯一の取り柄だから」 「軍人になったら活躍するよ、きっと」 「軍人かぁ……」 「あ、人を殺すことも有る職業を簡単に薦めるべきじゃないよね、ごめん」  謝罪した私へトキは困ったように笑った。 「俺、人を殺したこと有るよ?」 「え!?」  意外な告白に私も、少し離れた場所に居るエナミも眉を(ひそ)めた。たぶん寝転がっているシキも耳を傾けている。 「俺な、前は護身用に短刀を持って仕事してたんだよ。飛脚が運ぶのは手紙だけじゃなく軽い荷物も有ってさ、時々高価な品物が混じっているんだよ」 「それを狙った野盗対策に?」 「そ。まぁ俺は脚が速いからさ、野盗に狙われても大抵は逃げ切れるんだけど、一度だけ俺より速く走る奴に遭っちまってな……」 「その時に……?」 「うん。()らなければ相手に()られていた。だから後悔はしてない。役人にも正当防衛だって言われてお咎め無しだったし」  トキはまた笑った。 「ま、地獄に落ちてる人間には、それなりに理由が有るってことだよ」 「トキは自分の身を護っただけじゃない」 「ありがと。それでも罪は罪だ。同族殺しはここでは大罪らしいからな」  理不尽だ。悪いのは野盗だろうに。 「今トキが丸腰なのは……」 「うん。人の肉を裂く感触がトラウマになってな、刃物類を持てなくなっちまった」 「………………」 「暗い顔すんなよキサラっち。ホラおまえも寝転びな。俺が指圧して緊張した筋肉ほぐしてやるよ」  それはありがたい申し出だった。でもトキだって多少は疲れている。 「悪いからいいよ。地獄では休めば短時間で回復できるんだから」 「遠慮すんな。俺は超絶技巧だぞ?」  トキが両手の指をワキワキ動かした。何だかエロいぞ。 「安心しろ、弓の名手の弟さんが見ている前でエロいことはしねぇから」  その言い訳をするということは、エロいことをあんたもチラッと考えたね?  まぁエナミが警戒してくれているのは事実だ。私はトキの言葉に甘えることにした。  うつ伏せに寝た私の下半身をトキは指、拳骨、手の平、肘を使い分けて押していく。  足の指先から臀部まで。自慢するだけあってトキは巧かった。力押しではなく体重を乗せて身体の奥まで圧を響かせる。  指圧が巧い男はの方も上手いパターンが多いんだよな、とか施術を受けながら考えてしまった。私がエロい気分になってどうする。 「ありがとう、交代しよう」  だいぶ脚が軽くなった気がしたので、私は起き上がった。 「俺は大丈夫だよ?」 「いいから寝なさい、お礼よ。私も中々のテクニシャンだから安心して身体を任せなさい」  男を(たぶら)かす手段として、性技の他にもいろいろ学んだ。整体の技もその一つだ。家事をそつなくこなせて指圧が出来て床上手、くのいちは男にとって理想のお嫁さんになれるかもね。夫が不在の時に家を守れるだけの戦闘力も有るし。 「キサラっちは律儀だな。じゃあ頼むわ」  仲良くなれたけれど、現世へ戻ったらトキとはお別れになるんだよね?  それが良いのだろう。明るくサッパリした心根を持つ青年を、私達の居場所である血みどろな戦場へ引き込むべきではないから……。
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