思いの丈をぶちまけて

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 障害物は点在する岩だけ。私の赤系統の明るい色の着物は、黄緑色に覆われた野原でさぞかし目立ったことだろう。  アキオは身を潜める他二名に気づかずに、真っ直ぐ私を目掛けて滑空してきた。  グバッ。  アキオの大鎌が大地を耕した。舞った砂埃で視界が悪くなる。いつもなら焦ってしまうこの瞬間。しかし私は管理人の出会い頭の一撃にはもう慣れていた。  アキオが着地した正確な場所へ、私は握った十字手裏剣を連投した。  ギイン!  反撃がこれほど早いと思わなかったアキオは、私の初手をなんとか鎌の刃で防いだものの後退した。私は脇差しを抜いて連続で斬り掛かった。  ギンギンギンギン……カッ!  (やいば)同士がぶつかり合う。どうせ装備品も休めば回復するんだ、刃こぼれなんか気にしちゃいられない。ひたすら畳み掛けた。  クナイよりは長いが太刀よりは短い私の脇差し刀。防戦一方となったアキオの疑似人格仮面は、大鎌では小回りの利く脇差しの速さに対応できないと考えたらしく、鎌を捨てて後方へ飛んだ。 「くそっ」  空振りした私は距離が開いたアキオを見据えた。彼はスラッと腰の長太刀を引き抜いた。反射した朝日が刀身を輝かせる。剣士だった彼には鎌より太刀の方が扱いやすいはずだ。  情けない話だがぶっちゃけると、模擬刀を持ったアキオに私は稽古で勝ったことが一度も無い。十番勝負すれば一本くらい取れそうなものだが、全敗である。それだけアキオは優れた剣士なのだ。管理人として基本能力を底上げされた今なら、鬼人の如き強さを発揮するだろう。  その鬼神は、仕切り直しとばかりに長太刀を構えて私に向かって駆けてくる。  ズンッ。  アキオの黒い翼に、エナミが放った矢が突き刺さり羽が数枚散った。  そう、私は独りで戦っているんじゃない。そして状況を判断しているのはアキオではなく仮面だ。  仮面はアキオの身体に染み付いた武術を使ってくるが、誰を狙おう、何をしようといった具体的な思考は疑似人格が行っている。  そしてアキオの仮面は矢を射ったエナミを邪魔者と認定、排除する為に彼へ向き直った。目の前の私を放置して。アキオだったら絶対にしないミスだった。 「ええい!」  私は一気に踏み込んでアキオの身体へ脇差しの切っ先を突き立てようとした。  な の に。  私を振り返った仮面の奥のアキオの目。それを見た私は固まってしまったのだ。仮面の支配を受けていても本人の意識は有る。そうなんだよね?  私はアキオを刺せなかった。  逆にアキオが私を獲物と捉えた。 「馬鹿野郎が、キサラ!!」  シキも弓で矢を飛ばし、アキオと私、それぞれが別方向へ後退した。  ああ、やっちゃった。技術で劣る私がアキオを倒せる、千載一遇のチャンスを自ら潰してしまったよ。 「シキ、俺達でアキオさんを仕留めるぞ!」 「おおよ!!」  エナミとシキ、二人の弓兵が連射をしてアキオへ無数の矢を射掛けた。地上に居たらかわし切れないと仮面が判断、アキオは翼で上空へ逃れた。一本矢が刺さった程度では飛行に影響が出ない模様。  刀も矢すら届かない攻撃圏外だ。アキオはそこでしばらく待っていた。  援軍の到着を。 「来たぞ! 南の空だ!」  エナミの声が野原に響いた。  もう一人の男管理人の登場だ。狼煙(のろし)は湖の向こう側からも見えていたらしい。これで無傷の二体の管理人を同時に相手をする展開になった。私がさっきアキオを倒し損ねたせいだ。 「二人ともゴメン!!」 「戦場に絶対はねぇ! 気持ちを切り替えろキサラ!!」 「うん!」  何度も戦っているのに未だに名を知らない男の管理人。彼が到着したと同時に、上空に居たアキオも降下して再び戦闘モードに入った。  ビュアァンッ!  アキオが長太刀を大きく振って風の刃を飛ばしてきた。初めて見せた技だ。真空波とでも呼ぶべきか。  エナミが飛ばした矢が途中で弾かれて、彼の背後の岩の上部が粉々に砕け散った。 「かまいたち!?」 「あんなん当たったらひとたまりもねぇぞ! ご主人、逃げろ!」  アキオの気を引こうとシキが矢を放つ。  ビュオォッ! 今度はシキがアキオの真空波に狙われた。シキは冷静に()けたが周辺の土と岩が削られた。 「ひゃあぁ!?」  聞きなれない野太い声の悲鳴が上がった。シキから四メートル離れた岩陰から、六十代くらいの脂ぎった小太り男が転がり出た。 「な、何だテメェ! 何だってこんな所に居やがる!?」 「お、俺が先にここに居たんだぁ! あ、あんたらが勝手に戦いなんて始めるから!!」  まさかこのタイミングで他の魂に会ってしまうなんて。  たぶん小太り男は生者の塔の近くまで行ったものの、守護者ミユウの存在に(おのの)いて野原に隠れていたのだ。そして私達の戦闘に巻き込まれてしまったと。 「! おっさん、伏せろ!!」  アキオの三度目の真空波が炸裂した。弓矢ほどの飛距離は無いようだが、近接武器しか持っていないアキオが中距離攻撃もこなせるとは。 「くっ」 「ぎゅおぁ!!」  第三者の出現で集中力を欠いてしまったシキの左肩が裂かれ、彼が所持していた弓が落ちた。  そして小太り男は動くことが出来ず、肉体を斜めに真っ二つに切断された。左右に分かれた肉塊が地面に崩れ、バシュウッと血が噴き出した。 「!!!」  死体を見慣れている私でも目を覆いたくなる光景だった。ここにトキが居なくて良かった。 「シキ、体勢を立て直せ!」 「シキ隊長!」  エナミがアキオへ何本も矢を射掛け、私は加勢する為にシキの元へ走った。これは大失敗だった。  私達は強敵であるアキオにばかりに気を取られて、もう一人の管理人をフリーにしてしまったのである。 「!?」  ドゴォッ!!!!  エナミが居た辺りに砂煙が巻き上がった。  あの男の管理人だ。あいつが鎌を持ったまま空から垂直降下して、エナミへ突撃を仕掛けたのだ。 「エナミぃっ!?」  煙の中からエナミが転がり出た。幸い直撃は免れたようだ。  だが脚を……、彼はふくらはぎの肉を(えぐ)られて出血していた。 「エナミ!!」 「ご主人……うあっ!」  アキオの真空波。私とシキも草の上を転がってギリギリで()けた。これではエナミを助けに行けない!  エナミは上半身を起こした姿勢で矢をつがえ、悠々と立つ男の管理人を睨みつけていた。  駄目だ。回避行動の出来なくなったエナミに勝ち目は無い。  男の管理人が光る大鎌の刃をエナミに向けた。絶体絶命だ。愛する弟の最期を想像して心臓がキュッと縮こまった。  しかし圧倒的不利となった戦場に響いたのは私の悲鳴ではなかった。 「停止」  涼しげで、それでいて凛とした男の声だった。
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