9人が本棚に入れています
本棚に追加
エナミを狙っていた男の管理人、そして私とシキが対峙していたアキオの動きが止まった。正確に言うと、少し宙に浮いていたアキオは地面に降りてから止まった。空中で止まると翼が動かせなくなって墜落しちゃうもんね。
「これは……今の声は……」
怪訝そうに呟いたシキへ私が答えた。
「シスイよ」
エナミは私に言われるまでもなく直後に気づいたのだろう、大きく首を動かして周囲の情報を必死に得ようとしていた。
「シスイ! シスイ、何処だ────!!」
そう。声は聞こえたが肝心のシスイの姿が何処にも見えなかったのだ。激戦中は余裕が無くて、音の発生方向までは探れなかった。
とにかく私とシキはエナミの元へ駆け寄った。脚を負傷している彼を放っておけない。
「ご主人、止血するからハチマキ外せ」
シキがエナミのハチマキを彼の脚に強めに縛った。痛みでエナミが顔を顰めた。
手当の最中シキは何度も、近くで止まっている男の管理人をチラチラ見ていた。管理人がいつ動き出すか気が気じゃないみたいだ。
「大丈夫だよ。三十分は動かないはず」
「ホントかよ。……今の内に攻撃しちゃ駄目なんかね? 動けないヤツを殺るのは抵抗が有るけど」
本当にシキは変わった。以前は女子供にも容赦なかったのに。それとも今のシキが真の姿で、隠密隊に所属していた頃は問答無用の殺人任務にずっと苦しんでいたのかな? 私のように。
そっとシキは指先で管理人の身体をつついた。
「うお、硬い! こいつガチガチに硬くなってるぞ? これじゃあたぶん刀も矢も通じないな」
「動けない管理人は無敵状態ってことね。とりあえず森へ帰ろうか? 管理人にはエナミの傷が癒えてからまた挑むってことで」
「そうだな。ご主人、俺の背に乗れ」
「駄目だ、シスイを捜す!!」
エナミがシキのおんぶを拒絶した。
「あいつが近くに居るんだ! 間違いなくあいつの声だった!!」
「ご主人、気持ちは解るが一旦退くぞ。あのままだったら俺達は全滅していた。それを助けてもらえただけでも幸運だったと思おうや」
「嫌だ、俺はシスイと会う!」
「ご主人……」
「シスイ何処だ、出てきてくれ!!」
「………………」
「シスイ────!!!!」
「これだけ騒いでも出てこないってことは、シスイにはあんたと会う気が無いってことだ」
「!」
駄々をこねるエナミへシキは冷たく言い放った。
「想い合っても結ばれるとは限らないんだよ、ご主人」
エナミは言葉に詰まり、そしてはらはらと涙を落とした。
「シスイ……シスイ……」
死者であるシスイは生者のエナミと深く関わるべきじゃない。それは解る。解るよ。でも恋焦がれて泣く弟を見ていると胸が締め付けられる。シスイと会わせてやりたくなる。
「ほらご主人」
シキは半ば無理矢理にエナミを立たせた。エナミも諦めたようだ。泣きながらも大人しくシキの肩を借りて歩き出した。可哀想に。
みんなが暗い顔をしてゆっくり森の方へ向かった。その時だった。
バサッ。
頭上から翼の羽ばたく乾いた音がしたのだ。反射的に顔を上げた。
漆黒の翼を持った人間がすぐ上を飛んでいた。
「!?」
気づかずこんな距離まで接近を許してしまうなんて!
管理人二人は停止している。自由に動ける管理人は残る一人────。
「ミユウ!!!!」
シキが声を張り上げた。
生者の塔から離れないはずの女管理人、ミユウ。大盾と大鎌を持つ彼女は、私達の二メートル先の草の上へ優雅に降り立った。
ミユウの仮面は片目だけを隠す様式で、顔の大部分が露出していた。だからこそ判った。その美貌が。陶器のような白い肌に彫りの深い目鼻。碧眼を飾る睫毛までもが黄金色に輝いていた。
「………………」
女管理人は私達三人を観察するように眺めた。それから丁寧に紅を施した唇の両端を持ち上げた。笑ったのだ。
────ああ、彼女は強い。戦う前から感じた。
醸し出す迫力に圧倒されている私を嘲笑うかのように、彼女は口を開いた。そこから紡がれたのは低い男の声だった。
「停止、解除」
その瞬間、止まっていた男の管理人とアキオの時が動き出した。
「ヤベェ!! キサラ、ご主人を森の中へ避難させるぞ! ……おいキサラ、ぼけっとしてんな!!」
シキに怒鳴られて、美女の口から野太い声が出たことで金縛りに遭っていた私は我に返った。そうだ、エナミを逃がさないと!
私達は森へ駆けた。しかし距離を詰めたアキオが真空波のモーションに入っていた。
「かまいたち来るよ! 伏せてぇ!!」
私が叫び三人で一斉に大地へ飛び込んだ。その上を横向きの真空波が通過していき、命中した前方の樹がズズン……と斬り倒された。
これは死ぬ。当たったら確実に死ぬ。
地面に転がったことで動作が鈍くなってしまったのに、アキオが無情にも次の真空波の用意をしていた。
「隊長、やめてぇッ!」
私の声が届いたのか、ピクッとアキオが身体を振るわせた。でもそれだけだった。
仮面の命令に逆らえない彼は、とどめの真空波を放ったのだった。
────死んだ。私は思った。
しかし森から誰かが飛び出してきたのだ。トキが無謀にも加勢に駆け付けたのかと思ったが、違った。
双刀を抜いたシスイだった。
「……はぁっ!!」
気合い一閃、シスイは白く発光する刀身を振るいアキオの真空波を斬った。消滅する殺人風。
「………………」
「………………」
かまいたちを生み出すアキオに風を斬るシスイ。二人の剣豪が睨み合った。
死ぬ寸前だった私の心臓が激しく鳴っていた。傍でシキと共に倒れているエナミもそうなのだろう。私とは違う意味で動揺している。弟は救世主となった男の背中を凝視していた。
「ミユウ」
シスイが口にしたのはエナミでも睨みを利かしているアキオでもなく、美しいが妙に声の低い女管理人の名前だった。
「どういうつもりだ? おまえの持ち場は塔の傍だろう?」
ミユウはニィッと笑った。
「オメーがなかなか出てこねーから引っ張り出してやったんだよ。よぉエナミ、俺様に強く強く感謝しろよ?」
え? この管理人、シスイと会話が成立しているよ? 仮面に意思を押さえ付けられていないの?
あと声がやっぱハスキー。一人称が俺様だし、この人は女性なの? 男性なの?
「……それだけの為に? ではもう塔へ戻るのか?」
「いいや」
ミユウはシスイを挑発するように言った。
「今の俺は管理人の一人。死神さ。生者を見つけたからには魂を刈る」
返答を聞いたシスイが双刀を構え直した。
最初のコメントを投稿しよう!