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運命の出征
ドンドンドンドン!
最悪な目覚めを迎えた私の部屋の扉が乱暴に叩かれた。頭に響く。
「……何ですか? 今日は私、休みなんですけど」
不機嫌さを隠さずに扉の向こうへ問うた。返ってきたのは隊長のアキオの声だった。
「支度をしろキサラ、フタゴカミダケまで出征せよとの緊急指令が出た」
フタゴカミダケ? ここから馬を飛ばして半日くらいの距離に在る土地だ。戦争をしている隣国桜里と地図上は接している地域だが、国境警備用の兵は配置されていない。間にそびえる高く険しい二連の山が侵入者を阻んでくれているからだ。
今の時刻は……およそ十三時か。フタゴカミダケ到着は深夜になるな。
海の向こうに在るイザーカ国と貿易をするようになってから、彼らの言葉を始めとする様々な文化と品物が我が州央の国にもたらされた。
正確な時を刻む時計、洋食に洋装、把握しやすい距離(メートル)や質量(キログラム)の単位などの知識。最初は新しいものに混乱したが、慣れてみたら非常に便利だ。
「緊急司令って何ですか」
「詳細は馬車の中で説明する。急いで旅の準備をしろ。おそらく一週間はかかる任務となる」
けっこう大きな仕事みたいだ。ヤレヤレ、休みが潰れちゃったよ。面倒臭いと思いながらも、断る権利が私には無いので支度に取りかかった。
☆☆☆
私達を乗せた馬車はかなりのスピードを出して走っていた。
街周辺の道は綺麗に舗装されて快適だったが、街から遠ざかるにつれて徐々に悪路となりかなり揺れた。特別仕様の隠密隊の馬車だからこそ何とか耐えられたが、普通の馬車だったならこのスピード、車輪が壊れて立ち往生となっていたかもしれない。
「おいキサラ、顔が蒼いぜ。忍びのクセに乗り物酔いとかねぇよなぁ?」
憎まれ口を叩いてきたのは中年忍者のモロだ。いつもだらしない男で嫌悪感を抱く。今日も無精髭がだらしなく伸びて、艶を失ったボサボサの髪の毛を肩まで垂らしていた。
好色なオヤジでもあるコイツには、過去に何度も私を自分の部屋へ連れ込もうとした前科が有る。こ汚いオヤジに任務でもないのに抱かれてやる義理を感じないので、もちろん私はその都度キッパリ誘いを断った。時には金的蹴りを食らわせて。そうしたらこのエロオヤジ、逆恨みをして私へちくちく嫌味を言うようになったのだ。心底ウザイ。
「吐きそうなんじゃねぇの? ほーらほーら、気持ちワリィんだろ? ギャハハハハ!」
吐くときはおまえに向かって吐いてやるよ。モロにぶっ掛けだ。モロだけに。三半規管を鍛えているから滅多なことでは酔わないけどね。
「やめろモロ。くだらん真似をするな」
アキオが静かに部下を𠮟りつけた。モロが糞過ぎるもんで、普段意識していないアキオがとてもまともな男に見えた。髪も短く刈り揃えていて清潔感が有る。
馬車内には隊長のアキオと私とモロ。この三名で任務に当たるそうだ。モロが一緒なのはすっげぇ嫌。
「隊長、そろそろ今回の仕事内容について教えて下さい」
簡単な任務ならモロはここで降ろしてしまいたい。私が急かし、難しい顔をしたアキオが応じた。
「……桜里兵の一団が国境を越えて、フタゴカミダケに陣を張っているとの情報が入った」
「!?」
驚いた私はうっかり同乗者のモロと顔を見合わせてしまった。うぎゃあコイツ鼻毛も出ていた。最高に絵面が汚い。
気を取り直して私はアキオへ向き直った。
「桜里兵の州央への侵入を許してしまったということですか?」
「そうだ。どれだけの人数がフタゴカミダケに居るのか、それを把握して京坂様へ報告。その後は身を隠したまましばらく桜里兵団の動向を見張ることになる」
なるほど。だから目端の利くモロが選ばれたのか。連絡役は馬車の御者を務めた男が兼任してくれる。
ちなみに京坂とは州央の国防大臣で、国王が最も信頼している男だと評されている。私ら隠密隊は彼の手駒である。
「でもよぉ隊長、桜里兵はどっから湧いたんだ? アイツらじゃ山を越えられねーだろ?」
モロのこの指摘はもっともだった。国の境目に在る二つの山はギリギリ州央の領地だ。山歩きに慣れた猟師しか入ってはいけないとされる険しい山で、鍛えられた兵士の集団だろうと、他国の人間にはそう簡単に踏破できないだろう。
「……案内役を務めた州央の人間が居るんだろうな」
「はぁ? 猟師が小金で買収されて桜里に協力したってか!? 敵国の人間を引き入れるなんて何考えてやがる!」
アキオは渋い顔をした。
「一猟師の仕業なら話は単純だが、京坂様は反乱軍が関わっているのではないかと危惧なされている」
「へっ? 反乱軍が!?」
もしそうだとしたら一大事だ。国内の反乱軍が敵国である桜里と手を組んだとしたら……。
「隊長はどう思っているのですか?」
アキオは更に顔を顰めた。
「俺も京坂様と同じ考えだ。反乱軍のリーダー格である佐久間、真木、御堂はいずれも名氏族ではあるが、それでも国に勝てるだけの力は無い。反乱を起こすなんて無謀なことをしたもんだと半年前は思ったんだ」
「もしかして、桜里の後ろ盾を得た上での蜂起だったとか……?」
「おそらくはそういうことなんだろう」
「おいおいおいおい、それ滅茶苦茶ヤバくねーか?」
モロが頭を掻きむしった。フケが飛ぶからやめれ。
「今回の任務の重要性が解ったな? 心して当たれよ」
馬車の中には重苦しい空気が流れた。
もしも推測通りに反乱軍と桜里兵団が協力関係にあるとしたら、連合軍はもの凄い兵力になるよね。これは革命が成功しちゃうかも。
……それはいいんだ。こんなくそったれな世の中、変わってくれた方がよっぽどいい。重税のせいで貧民街がどんどん増えている。
でもイサハヤおじちゃん達が勝って王家が処刑されることになったら、王家に仕えていた私達忍びも首を刎ねられることになるんだよね?
私はおじちゃんに憎い敵と思われたまま死ぬのか~。それはちょっと哀しいなぁ。
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