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遠のく夜
とっくに零時を過ぎていた。
ドアを開ける。外灯が降りそぼる雫を白い線として浮かび上がらせている。酒と雨の匂い。
「遅くにすみません」
「こちらこそ送っていただいて」
私たちが話す間に夫は家の奥へ行ってしまう。
朝になれば部下である彼に迷惑かけたことなど忘れているだろう。
どうしてそうしたのかわからない。
「俺はこれで」
去ろうとする彼の手を咄嗟に掴んだ。
彼は目を見開き「よく似合ってる」と囁いた。それで我にかえる。
何故先に風呂を済ませてしまったのか。パジャマにカーディガンなんて格好で出迎えてしまったのか。
彼が褒めたのは、私が手首にしたブレスレット。
ずっと前、ねだって買ってもらった。
誰に? 彼に。
雨音が、遠のいた。
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