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10話 パパ
「湊! 連絡くらい、寄越してよ!」
「あー、ごめんね。忘れてた」
「興味持ってよお〜パパ、寂しい!」
今僕の肩を揺らして、意味の分からないことを言っているのは……幼なじみでこの会社の、人事で働いている同期だ。
名前は金城透真で、茶髪でピアスをつけている肌が地黒イケメンだ。昔からΩだという理由で、いじめられていた僕を助けてくれていた。
今年で結婚三年目のΩの男性がいて、いつもラブラブしている。僕も何度か会っているけど、ツンデレって奴かな。
透真は正義感が強く曲がったことが嫌いで、いつも誰かを助けている。そのためか、幼なじみというよりはお兄ちゃんと弟みたいな関係性だった。
高校の時に両親が亡くなってからは、余計に過保護になってお父さんみたいになっている。
「ごめんって、揺らさないで」
「うー、パパ寂しい。何度も連絡したのに〜もしかしてこれが、反抗期なのか!」
「僕だって、反抗したくてしてるんじゃないよ」
透真にそう言われて、少し胸がざわついてしまった。連絡してくれていたの? 彼と同じで、連絡きてなかったよね。
真相が知りたくなくて、それに関しては怖くて聞きたくなかった。僕が俯いていると、ハイテンションで声をかけてくれる。
変に慰めないでくれるから、気持ちが楽になるんだよね。もはや、目で会話出来るからいいんだけど。
そんなことよりも、周りから事情を知らない人たちからの心無い言葉が聞こえてきた。
「大人しそうな顔して、婚約者捨てて社長に乗り換えたんでしょ」
「確かに、上級αだけどさ……やること、エグいわ」
知らない人が見たら、そう思われても仕方ないのかもしれない。別に彼に職場で、気まずい思いをしてほしいわけじゃない。
僕は社長のおかげで、秘書になれたからいいけど……彼はそうはいかない。もし本当のことが、噂になれば下手したら退職に追い込まれてしまう。
僕ほどではないが、意外と打たれ弱いところがあるから。少しやつれていたし、心配になってしまう。
そんな時だった。いきなり怒った透真が大声で、言いたい放題の人たちに聞こえるように言った。
「俺さ……事情知らないくせに、憶測で物言う奴嫌いなんだよね」
「どうしたの? 急に」
「別に。湊は悪いことしてないんだから、堂々としていればいいよ」
「う、うん。ありがと」
やっぱ、透真は優しいな。昔からいつも、僕が辛い時に助け舟を出してくれる。彼もだった。
僕が落ち込んでいる時に、僕以上に怒ってくれる。それがどれだけ、救いになってきたか。
言葉では、言い表せないような感謝の気持ちが溢れていく。泣きたい気持ちを、押さえ込んでいると透真に声をかけられる。
「湊、今日。飲みに行こうぜ」
「うん、社長に聞いてみる」
「あのさ、気になってたんだが……まあ、後で聞くよ」
「? 分かった」
そこでお腹がぐうと主張し始めたから、ナポリタンを食べ始める。美味いなあと思って、頬張っていた。
すると口にケチャップがついてしまったから、ティッシュを探していた。いつものように、透真パパが拭いてくれようとした。
そんな時だった。いつの間にか来ていた社長に、ティッシュを奪われて口元を拭かれた。
「しゃ、社長!」
「私が拭きますので。それと広瀬さんは、私と昼食を共にするので連れて行きます」
「えっ! そんな約束して」
「忘れっぽいようですね。行きますよ」
そう言って、僕の食べかけのナポリタンを持っていく。直ぐに立ち上がって、着いていくことにした。
チラッと透真の方を見ると、興味なさそうに手を振っていた。もうちょい、興味持ってくれてもいいのにな。
「あー、行ってら〜」
社長室に行って昼食の続きをする。チラッと見てみると、社長はサンドイッチを食べていた。
そんな社長をボーと見つめてしまう。ここ数週間一緒に暮らして、分かったことがある。
意外と、おっちょこちょいだということだ。今日の朝食はご飯の予定だったが、炊飯器のスイッチを入れ忘れたみたいだった。
すごく落ち込んで謝ってきたが、僕は特に気にしていない。むしろ何もやっていない僕に、何かをいう資格はないから。
そんなことを考えて見つめていると、不意に視線がかち合った。僕はなんとなく目を逸らして、話題を振ることにする。
「あの、社長。今日なんですけど、とう……金城と、飲みに行ってもいいですか」
「はい、構わないですよ。金城さんとは、幼なじみなんですよね」
「はい、幼稚園からの縁です」
僕がそう言うと何やら考えて、口を開いて優しく微笑む。思っていたよりも、話しやすいからありがたい。
「では仕事上では別ですが、それ以外はいつも通りの呼び方でいいですよ」
「はい、ありがとうございます」
「送り迎えはしますね」
「その、流石に悪いです」
「私がしたいので、お気になさらずに」
「では……お言葉に甘えます」
そう言うことで、仕事終わりに透真と久々に飲みにいくことになった。車でお店まで送ってもらって、透真と合流する。
「おーい、湊!」
「透真、お待たせ」
「いいよ、忙しいだろ。初日だし」
もう既に飲んでいる透真の隣に座って、僕はビールを頼んだ。つまみや料理を食べつつ、僕たちは談笑していた。
お酒の力を借りて話せるように、僕たちはいつもよりもピッチが早かった。そのせいか、酔いが回るのが早いように感じた。
しばらくすると、意を決したように本題に入り始める。いつまでも、逃げているわけにはいかない。
「あのさ、マジで蒼介とは別れるのか」
「うん……今日、会社で会っただけで気持ち悪くなってしまったし」
「俺が言うことじゃないが、誰が見ても衰弱してただろ」
「やつれてたね……頭では許してるし、正直まだ好きだよ」
僕が俯きながらそう言うと、透真の息を飲む音が聞こえた。自分でもよくわからないけど、彼のことはまだ好きだよ。
それは間違いないけど、それなのに……花楓さんの笑顔が、チラついてしまう。四年間付き合った彼よりも、出会って間もないあの人が脳裏を過ぎる。
僕どうしてしまったんだろう……彼が好きなのに、怖くなってしまった。あの日のことが、フラッシュバックしてしまった。
今でもあの日のことは、夢であってほしいと願ってしまう。悪い夢を見ていて、目が覚めると隣には彼がいる。
喧嘩もしてしまうけど、それでも隣にいてくれるだけで……心が満たされていく。それなのに、何で……。
――――花楓さんのことを、考えてしまう。
「泣くなよ……」
「ごめ、ごめん……」
「……こんなこと、言うべきじゃないが」
僕の頭を、優しく撫でてくれる。その手の温かみで、花楓さんのことを思い出してしまう。
花楓さんに無性に会いたくなってしまって、涙が溢れて止まらまくなってしまう。蒼介のことが好きなはずなのに、花楓さんのことばかり考えてしまう。
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