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19話 ご褒美
良かった……栄養不足って言っていたけど、ちゃんとご飯食べているのかな……しばしの沈黙の後に、蒼介が口を開く。
「あの日、湊が居なくなってすぐに追いかけた」
「そう……だったんだ」
追いかけて来てくれたんだ……。良かった、今はそう思うしかなかった。少しでも僕のこと、心配してくれていたんだ。
「その時に……車に乗せられた湊が、連れて行かれる所を見たんだよ」
「えっ……それって」
「多分というか、間違いなく社長だったんだよな。その後に、俺に連絡が来たんだ」
透真が言った通りに、花楓さんが色々としてくれたんだ。一目惚れって言っていたけど、どこでしたんだろう。
会社で話したこともなかったし、廊下ですれ違ったとか? どうしよう……気になってきて、早く聞きたくなってきた。
僕は無性に花楓さんに、会いたくなってきた。そう思っていると、蒼介に聞づらそうに言われた。
「社長といつから、こ……んやく……したんだ?」
「えっと……あれは嘘だよ……告白はされたけど」
「う……そって、ああ……そう言うこと」
そう言ってため息をついて、何かを考えていた。正直なんで、あんな残酷な嘘を言ったのか分からない。
「ひとつ聞いておきたい……俺のことは気にせずに、正直に答えて。社長のことは、好き……なのか」
「好き……だよ。近々、言うつもり」
「そっか……俺には無理だったが、ちゃんと幸せにしてもらえよ」
「うん、蒼介もね」
蒼介は嘘をつく時の癖をやっていて、本心じゃないことは分かった。何年一緒と思ってんの?
そんなの僕には通用しない……だけど、ここは気づかない振りをするべきだよね。だって、今にも泣きそうな顔をしていた。
唇を固く結んで我慢していて、見るに絶えなかった。好きじゃなくなったけど、蒼介には幸せになってほしい。
「ああ、俺には大事に思ってくれている人たちがいるから。大丈夫だ」
「湊、これからは友人として支えさせてくれ」
「うん……でも友人じゃなくて、親友がいいな」
僕がそう言うと、頬を掻いて照れ臭そうにしていた。蒼介の言葉の節々から、僕に対する思いが伝わってくる。
間違いなくまだ、僕のことを好きでいてくれている。自惚れじゃなくて、そう確信を持っていた。
だって声は笑っているのに、涙を流しているから。かなり無理しているのは、明白だった。
「ったく、お前って奴は……誰にでもホイホイ、そんなこと言うなよな。お前は天然のたらし何だから」
「えー! 何それ、誰にでもじゃないよ」
「あはは、ごめんな」
そう言って頭を撫でられそうになったけど、直ぐに手を引っ込めた。そして悲しそうな表情を浮かべていた。
僕は蒼介の手を握って、目を見てあの日のことを謝ることにした。これからは、仲のいい友人で会社の仲間であることを決めた。
「ごめんね……あの日は、頭に血が昇っていたとはいえ……酷いこと言って」
「……やめろ、変に期待させることを言うのは……」
「……そうだね、僕はもう行くね」
そう言って立ち上がって、後ろを向いて歩き出す。すると蒼介に声をかけられたけど、振り向かずに答える。
「湊! また、な」
「うん、またね」
僕は一度も振り向くことなく、病室を後にする。中から蒼介の啜り泣く声が聞こえて、胸の中に罪悪感が広がっていく。
間違いなく今度こそ、蒼介が過去になった。病室の前で待っていた、ご両親に頭を下げた。
僕は振り向かずに、花楓さんと共に病院を後にする。タクシーを捕まえて、会社に向かう。
その道中、何も言わずに只々手を繋いでくれた。手から伝わってくる温もりが、暖かくて心地よくて泣いてしまった。
優しく抱きしめてくれて、体だけじゃなくて心まで温かくなった。好きです……大好きです……。
会社に到着して僕を、車の助手席に座らせた。そして温かい表情を浮かべて、抱きしめてくれた。
「車で待っていて下さい。荷物持ってきます」
「あっ……しゃ」
「大丈夫ですよ。直ぐに戻って来ますから」
僕が思わずスーツの裾を掴むと、おでこにキスを落とされた。そこから熱が籠り始めて、熱くなってきた。
僕が座り直すとフッと笑って、扉を閉めて会社の中に入っていく。その後ろ姿を見つめていると、電話が鳴り響く。
透真からの着信で僕は、通話ボタンを押して電話に出る。電話口でかなり、心配しているのが伝わってくる。
「あっ! やっと、出た! その……蒼介は?」
「うん、入院すれば大丈夫だって……後、正式に別れた」
「……そ、そっか。ひとまず、安心だな。社長には、想いは伝えたのか」
「これから言うよ……気持ちは固まったから」
「そっか、頑張れよ。俺も律も湊の味方だから」
「うん、ありがと」
電話を切って堪えていた涙が、自然と流れてくる。この涙は恐怖の涙でなく、安堵の涙だ。
気持ちの整理もついたし、後は告白するだけ……待って、告白って何も考えていない。好きだって言うだけだし、その……キスも何度もした。
誕生日の時にもっと、恥ずかしい痴態も見せた。だけど、告白ってなんて言えばいいの?
「好きです……好きなんだ! これは僕のキャラじゃないし……う〜ん」
「何がキャラじゃないんですか」
「えっ……うわっ!」
僕がボソボソと、独り言を呟いていた。いつの間にか運転席に、花楓さんが座っていた。
どうしよう……どこから聞かれてた? 待って、恥ずかしすぎて目を逸らしてしまう。僕がそんな風に慌てていると、抱きしめられた。
「か! かえ!」
「……好きですよ。私は、湊さんが……湊さんは、私のことどう思ってますか?」
上目遣いでそんなこと、聞かれたら……正直に答えるしか、ないでしょ……というか、完全にさっきの会話聞いてたでしょ。
僕のことを見つめる瞳が、キラキラ輝いていた。端正な顔が段々と近づいてきて、もう少しで口がつきそうになった。
僕は静かに目を閉じるけど、一向にキスしてくれない。目を開けると、イタズラな笑みを浮かべていた。
「返事くれたら、キスするよ」
「……イジワル」
「フッ……イジワルでいいから、教えて」
さっきまでの柔らかい笑みは、どこにいったのだろうか……本当に、イジワルでSだよね……。
だけどいつだって、僕を真っ直ぐに見てくれている。どんな時だって、優しく支えてくれる。
僕は自分が思っていたよりも……花楓さんのことが、好きなのだと改めて自覚する。でも恥ずかしくて、ちゃんと口に出来ない。
「……き」
「はい? もう一度」
「……好きです。僕は、んっ」
「正直に言えたから、ご褒美のキス」
優しくてでも、少し荒々しいキスをされる。舌を入れられて、絡められた。何度やっても、このペースに慣れることができない。
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