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33話 もやし
さっきとはまた違う刺激に、僕はまた軽くイッてしまう。それでもまだ、足りなくて彼の背中にしがみつく。
優しく激しくキスをされて、彼の体温がより一層ダイレクトに伝わってくる。腰の動きを早くされて、奥の方に届いてしまう。
さっきとは違う箇所に当たって、全く違う刺激が僕の中に生まれる。気持ちいい……柑橘系の香りが更に強くなってくる。
「好きだよ……湊」
「ぼくも……好きっ」
ぎゅっと抱きついて、また腰の動きが強くなったり弱くなったりする。体に色んな刺激が込み上げてきて、僕の中にも外側にも温かいものが溢れてしまう。
ゆっくりと抜かれてゴムの中にさっきも出したはずなのに、大量の白濁とした液体が入っているのが見えた。
「はあ……はあ」
「つっ……おやすみ」
「うん、おやすみ」
僕のおでこにキスを落として、柔らかく微笑まれる。僕の頬に触っている彼の手に、自分の手を重ねた。
急激な眠気が襲ってきて、ゆっくりと目を閉じる。暖かいものに、包まれている感覚があった。
その温もりを手放すことが出来ずに、僕はしっかりとしがみつく。目が覚めると、彼が僕の顔をじっくりと見つめていた。
「起きた?」
「うん……」
「体は平気? 痛くない?」
「う、うん……だ、いじょうぶ」
そんなキラキラな瞳を、寝起きで見せないでよ……眩しさで目がしょぼしょぼするから。
そう思って布団で自分の顔を覆い隠す。耳に息を吹きかけられて、変な声が出てしまう。
「ふにゃっ! もう!」
「ふにゃって……かわっ」
そう言って肩で息をして静かに笑っていて、どうしてこの人はもう……優しいと思ったら、急にイジワルになるんだろ。
恥ずかしいから、やめてほしい。でもキラキラした瞳で、僕のこと見つめてくる。その表情が仕草が僕をドキドキさせてしまう。
イケメンって何してても、様になってしまうから……腹が立つぐらいに、カッコよくてズルい。
「お風呂入ろっか」
「もう、抱っこして……起き上がれない」
「……ふっ、なんでそんなに可愛いの」
「早く」
「はいはい」
体に力が入らないから、盛大に甘えてみる。優しく微笑んで、僕のわがままに付き合ってくれる。
そのまま抱き抱えられて、浴室に連れて行かれる。体を洗ってもらった後に、頭も洗ってくれた。
そして僕の髪を触りながら、疑問に思ったようで聞いてきた。
「髪伸びてきましたが、切りにいかないのですか?」
「そう言われると、確かに伸びてきた」
「今日、髪触ってましたもんね」
「そうだっけ? 無意識だよ」
指摘されて自分でも触ってみると、確かに伸びてきていた。前回切ってから、だいぶ経っているもんね。
色んなことがあって、それどころじゃなくなっていた。しかもよくないと思うけど、営業とは違って外部の人と仕事する機会ないから。
「嘘です」
「もうっ!」
僕がそうツッコむと、彼はまた肩で息をして笑っている。この人は、どうしてこんなに弄ってくるのだろうか。
まあでもいいか……最初の頃はこんな感じの会話をする日が、来るなんて思いもしなかった。
一緒に住んでいるのに、お互いに少し気を遣っていた。今はこんな会話を、出来るような仲になった。
「明日にでも行こうかな」
「では俺の行きつけの店に、行きますか」
「……あんまり、高級なとこじゃないとこで」
「そんなに高くないですよ。一万ぐらいです」
充分、高いでしょ……庶民の感覚じゃ行かないでしょ。僕はいつも、近所の安いとこだから。
芸能人や女性じゃないし、染めるわけでもないし。そんな高いとこに、行く必要ないでしょ。
あくまでも僕個人の意見だけどさ……。そういえば、彼はいつどのタイミングで行っているのかな?
そんなことを考えていたら、いつの間にか一緒に浴槽に入っていた。後ろから抱きしめられていて、息が耳にかかってくすぐったい。
「花楓は、いつ行ってるの?」
「美容院ですか? 伸びてきたなーって時です」
「えっと、そう言うことじゃなくて。いつも僕と一緒にいるでしょ? 秘書になって、結構経つけど行くとこ見てないから」
「あー、そう言うことですね。湊さんに仕事を頼んだ時に、ふら〜と行ってます」
ふら〜ってそんな感じで、美容室って行けるもんなの? それに考えてみたら、買い物に行くのも見たことないな。
一つ気になってくると、他にも気になってくる。僕はなんの気になしに、聞いてみることにする。
「それとさ、買い物っていつ行ってるの?」
「買い物ですか? 普通に、通販ですけど」
「普通にって……スーパーで買ったりは?」
「行ったことないです」
「マジですか……」
やっぱこの人、御曹司だった。お金で解決するのもいいけど、二人で買い物に行くのも楽しいんだよな。そう思ったから、思い切って提案してみることにした。
「明日にでも買い物に行かない?」
「買い物ですか……苦手なんですよね」
「そうなの? 意外」
「値段を見ずに買ってしまって、クレジットの上限額に直ぐに達するんですよね」
なんかスケールが違うような気がする……とにかく、僕が一緒に行けばいいでしょ。それに……。
「二人で買い物って、楽しいよ。行こうよ」
「……そうですね」
僕が振り向いてそう言うと、顔を真っ赤にしていた。どうしたのかな? お風呂のお湯が熱いのかな?
まだ四月って涼しいから、そんなことないと思うけど……不思議だなあと思ったけど、気にせずにゆっくりと浸かる。
その日は何故か、いつも以上に彼が大人しかった。次の日、いつもの美容室に行って切ってもらう。
さっぱりしてから、一緒にスーパーに買い物に行った。しかしもう二度と、買い物に行くのはやめようと思った。
「もやしって、こんなに安いんですね」
「うん……まあ、でも買いすぎ」
「そうですか? 通販で買うより、安いですよ」
通販がどれくらいか分からないけど、二人で食べるのに……五キロも買う必要もないでしょ。
この人に買い物任せてたら、大変なことになりそうだ。僕はいつもパパや蒼介に頼っていたから、見方が分からない。
「もう買い物に行くのは、やめよう」
「? そうですか」
不思議そうな顔をしていたけど、人には向き不向きがある。いつしか花楓が言っていたけど、今初めて真の意味に気がついた。
出来ないものは、出来ないんだと……僕に料理が出来ないのと同じように、この人に買い物は鬼門である。
「帰ろう……」
「? 分かりました」
少し不服そうにもやしを見つめていたけど、僕は構わずに手を引いてその場を後にする。
それから買い物に、行ってみたいって言っていた。僕は深く言及せずに、傷つけないように何も言わないでおく。
お昼ご飯はもやし中心のメニューだった。どんだけ……もやしに心残りがあるの? この人もはや、一周回って可愛い。
まあ買い物に行くって言ったのは、一緒に出かける口実だった。買い物以外にも、楽しめることはたくさんある。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ」
僕たちは見つめ合って、微笑みながら食べていた。ただこれだけは、言っておくね……。
「もやし中心はもう、やめて」
「……分かりました」
すごい不服そうに不貞腐れていた。前言撤回、やっぱこの人可愛くない。もやしを買えなかったことが、そんなに嫌だったの?
よく分からない……でもいいか、こうして一緒にいられるだけで幸せなのだから。やっぱ、可愛いのかもしれない。
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