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8話 呆れられてしまう
そんな時に優しい瞳を向けられて、少し不安が軽減される。気がつくとされるがままに、車の助手席に座らせられた。
シートベルトをすると、車が発進される。窓の外の流れていく風景を見ていると、どうしても思い出してしまう。
よく彼や僕の運転で、ドライブしたっけ。喧嘩した後は、ドライブに行って夜景を見たっけ。
もう出来ないのかな……彼と結婚したかったし、番にもなりたかった。頭ではもう少し話を、聞くべきだったと後悔している。
しかし体が完全に拒否してしまっていて、気持ちが悪いと思ってしまいそうだった。
「着きましたよ……泣かないで下さい」
「……泣いてないです」
気がつくとアパートの駐車場に停まっていて、流れている涙を手で拭ってくれていた。
泣きすぎて、呆れられてしまうと思ってしまった。心配になって咄嗟に、何でもない振りをしてしまう。
そんな可愛くない僕を、優しく抱きしめて頭を撫でてくれる。それだけで、気持ちが楽になって落ち着いてしまう。
「入りましょうか」
「はい、そうですね」
車から降りて、自分の部屋の前に行く……ドアを開けなくてはいけないけど、心臓がバクバクしている。
怖い……この時間なら彼は仕事だと思うけど、もし鉢合わせしたら……気がつくと、完全に体が震えていた。
するとドアノブを握っている僕の手を、花楓さんが優しく包み込んでくれた。左手で腰を支えてくれていて、不思議と落ち着いてしまう。
「大丈夫ですよ。私が付いているので」
「はい、ありがとうございます」
僕が振り返って笑顔で、お礼を言うと顔を真っ赤にしていた。お礼を言われて、耳まで真っ赤になるんて可愛いな。
そう思って笑いつつドアを開けると、電気がついていないからつける。よかった……人気がなくて寒くて、彼の姿はなかった。
「まずは部屋からの方がいいですね。キャリーも必要ですし」
「そうですね……リビングで待っていて下さい」
「分かりました」
自分の部屋に行き、全てじゃないけど必要なものを鞄やキャリーに入れる。ここには蒼介からもらった物が多い。
リビングに行くと、置いてある二人の写真立てが倒れていてた。彼が倒したのかな……見るのが怖くて、そのままにしておいた。
そして最後は寝室の扉の前に来た。やっぱ、心臓がまたドクドクし始める。ここに入るには、まだ勇気が足りない。
「入らないのですか」
「必要なものは、ここにないので……それに、ここは」
「そうなんですね……無理しなくても、時間はあります。帰りましょう」
「はい、そうですね」
優しく微笑んでくれているだけで、今は満足なのかもしれない。それからキャスリーを持ちながら、玄関に向かおうとした。
すると当たり前のように、持ってくれて……その後ろ姿が、彼と重ねてしまって胸が苦しくなってしまった。
車に戻って色々と考えて、彼に連絡ぐらいした方がいいのかな……帰って僕の荷物、少なくなっていたら……。
「どうされました? 具合悪いのですか」
「あ、その……そ、小笠原に連絡した方が……と思いまして」
「……言わない方が、いいと思ってましたが……小笠原さんには私の方から、連絡しときましたので大丈夫です」
「あっ……そうなんですね」
よくわからないけど、彼と連絡しようとすると阻まれるような気がした。そんなまさかね……。
僕のために言ってくれているのに、こんな風に疑うなんてよくないよね。そう思って運転している花楓さんを見ると、何やら少し怒っているように見えた。
なんか怒っている顔も、綺麗だな……なんて思ってしまった。それと同時に、同じ空間にいるのが不思議な感じがしてきた。
イケメンで料理もできて、頭も良くて……確か何となくだけど、海外の大学出てるって聞いたことある。
今更だけど、こんな素敵な人が僕なんかを相手にしている理由が分からない。だって、婚約者に浮気されて落ち込んでいるめんどくさい奴でしょ。
「湊さん、何を考えているのか分かりませんが。余計なこと考えないように、して下さい。俺だけを見て」
いつの間にかマンションの駐車場に、着いていたようだった。頬を触られて、真剣な表情を浮かべていた。
まつ毛長いな……同じ人間の男って、思えないぐらいに綺麗だ。端正な顔が近づいてきて、静かに目を閉じた。
軽く触れるだけの優しいキスをして、直ぐに離れてしまった。僕が目を開けてみると、真っ直ぐに僕を見つめる青みがかった瞳があった。
僕がぼやあと見つめていると、クスッと笑って唇を触られる。それがくすぐったくて、目を逸らしてしまう。
「はー、何でそんなに可愛いんですか」
「? えっと、どういう」
僕の肩に頭を乗っけて呟いたかと思うと、僕が言葉を発する前にまたキスをされた。
今度は舌を入れて、貪るような激しいのを……いきなりで頭が追いつかず、相手のペースに合わせるしかなかった。
思わず両腕を掴んで、急に怖くなってしまった。僕の心の中には、蒼介がいるのに……段々とこの人が、侵食してくるようで。
「すみません、やりすぎましたね。嫌な時は、拒否して下さい」
「嫌じゃないですけど……その、気持ちが」
「……煽らないでくださいね。私は、湊さんが好きなんですから」
「あおっ……そんなつもりは」
そう言うとまた顔を近づけてきて、静かに目を閉じる。おでこにキスをされて、目を開けると優しく微笑んでいた。
「隙がありすぎて、心配になりますね」
「隙って、その……」
よく分からないけど、揶揄われているのは分かった。意外とイジワルで、でも優しいから許してしまう。
それでもまだ、彼に対する思いはしっかりと残っている。例え連絡をしてくれなくても、僕に対する気持ちがなくなっていたとしても。
僕は彼が好きだから、いつかよりを戻したいと思っている。叶わない願い事かもしれないけど、それでも彼に会いたい。
「あの、どうしてここまで」
「はあ……好きだからですよ。他に理由はありませんよ」
熱の籠った熱い視線を向けられて、戸惑ってしまって何も言うことが出来なかった。
耳に息を吹きかけられて、変な声が出てしまう。恥ずかしくなってしまって、口を手で押さえてしまう。
そしたら次は、僕の耳元で甘く優しく囁かれる。それでまた、体が反応してビクッとしてしまう。
「手離すわけないじゃないですか……」
「えっ?」
「お気になさらずに、こちらのお話です」
そう言って微笑む花楓さんは、いつもよりも妖艶なオーラを放っているように見えた。
綺麗だ……そう思って、花楓さんの頬を触る。そんな僕の手を掴んで、手の甲にキスを落とされる。
その自然な動作に、流されるままに許してしまう。それから車の中で何度も何度も、キスをして存在を確かめる。
この人のキスは彼と違って、少し荒々しいけど……僕で興奮してくれているみたいで、少し嬉しかった。
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