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1話 4年間
僕は帝カンパニーという大きな会社に、勤めている。来年の一月で、二十七歳になる広瀬湊。
この世界には男女の他に、もう一つの性がある。
僕は劣っていると、言われているΩだ。とは言っても帝財閥が運営しているこの会社に、入れたのだから恵まれていると思う。
帝財閥は、世界でも有数の大企業を幾つも経営している。その中の一つの輸入雑貨などの商品を、取り扱っている会社に在籍している。
身長は、高くもなく低くもなく平均的だ。顔も普通で黒髪で、特技もない。昔から筋肉もつかなくて、太りにくいため痩せすぎと言われるぐらい。
「湊、何してるんだ」
「なんでもないよ」
今話しているのは付き合って、今年四年目の小笠原蒼介だ。僕には、勿体無いぐらいの素敵な婚約者だ。
茶髪でつり目で派手な見た目をしているが、僕だけを思っていてくれている。僕よりも六つ上の、三十三歳だ。
僕は彼さえいれば、他に何もいらない。例え何があっても、乗り越えていける。それに一途な面があって、僕はそんな彼が世界一好きだ。
僕とは違って身長も高くて、筋肉質でカッコいい。一緒に歩いている横顔を見ていると、気がついて微笑んでくれる。
左手の薬指につけている同じ指輪を見て、今日も僕は愛されていると感じている。ぶっきらぼうで言葉数が多い方じゃないが、言葉の節々に僕への愛情を感じる。
今日もいつものように、一緒に働いている会社に出勤した。すると何故か、社内がざわついていた。
「湊、聞いたか?」
「何を?」
「今日から社長が、変わるらしいぞ」
そう聞いて僕は、一瞬目を見開いて驚いてしまった。何故なら今は、雪が降りそうな十二月上旬だ。
特に興味なかったが、会社の社長が変わるということで顔を見に行く。金髪で鼻と身長が高く、色白で端正な顔立ちをしている。
「名前は帝花楓。帝財閥の御曹司で全てを、持っているんだとよ」
「ふーん。よく知ってるね」
「興味ないな……まあ、その方がいいが。一応、これから話すこともあると思うからこれ見てみて」
蒼介に差し出されたのは、一冊の雑誌だった。見てみるとそこには、帝社長のことが、取り上げられていた。
百八十七センチ。母親がイタリア人なため、金髪で鼻が高く相当な美形である。言われなければ、モデルかと思うぐらいに整っている。
二十五歳? マジか、僕よりも年下なのか。凄いな、この若さで大きな会社の社長って……。
高そうなスーツに身を包んで、綺麗な笑みを浮かべている。それに間違いなく、上級αだと思う。
上級αとは只でさえ秀でているαの中でも、上位互換にあたる。全てを持っている人だと思う。
「クシュン……」
「ほら、マフラーしろ。もう、雪降りそうだからな」
「うん。ありがと」
僕がくしゃみしただけで、マフラーを巻いて微笑んでくれる。たったそれだけのことで、僕は誰よりも幸せだと感じることができる。
一瞬だけど社長と、目が合ったように感じた。きっと勘違いだろうと、思って特に気にしてなかった。
しかしこんな順風満帆な僕の幸せが、たった一つの行為で音もなく崩れ落ちることをこの時の僕には予想もできなかった。
社長が変わってから早いもので、三週間が過ぎていた。今日は十二月二十三日、明日は待ちに待ったクリスマスイブである。
残念ながら仕事だけど、夜には高級ホテルのディナーを予約してくれている。楽しみだなあと、鼻歌まじりで自宅に向かっている。
「残業で遅くなっちゃった。蒼介、待ってるよね」
今日は急な残業が入ってしまって、蒼介は一足早く帰っていた。僕は逸る気持ちを抑えつつ、急いで自宅に向かう。
玄関のドアを開くと、見知らぬ女性もののハイヒールが脱ぎ捨ててあった。蒼介の誕生日に僕がプレゼントした高級な革靴も脱ぎ捨ててあった。
いつも几帳面で僕に小言を言ってきて、煩いぐらいだ。それなのに、変だなあと思って声をかけてみる。
「蒼介? 誰か来ているの?」
何か嫌な予感がして、僕は家中を探す。リビングにもキッチンにも、トイレにも風呂場にもいない。
後は寝室だけ……間違いないここにいる。ベッドの軋む音と、男女の荒い息遣いが聞こえる。
僕は深呼吸して、そっとドアを開けてみる。そこには蒼介と見知らぬ女性が、上半身裸でベッドに横たわっていた。
「そう……すけ」
「つっ……み……なと」
僕は一瞬、目の前で何が起こっているのか理解できなかった。そこはいつも僕たちが、寝ている場所だよね。
――――気持ち悪い。
四年間、喧嘩したり口を聞かなかったりもした。それでも、そこで身を寄せ合って抱きしめ合ったよね。
――――気持ち悪い。
例え……家族でもこの僕たちだけの、憩いの場所には絶対に入れなかったよね。僕たち、婚約してたよね。
――――気持ち悪い。
左手の薬指につけている指輪が、いつもキラキラしている指輪が……。今は恐ろしく、黒く見えてしまう。
僕が必死に涙を堪えていると、我に返った蒼介が話しかけてくる。いつもは好きで好きで堪らない彼が、今は得体の知れない何かに見えた。
僕の頬を触ろうとしたが、僕は急に気持ち悪くなって手を払いのける。気持ち悪い……吐き気がする。
「ちがっ! 違うんだ! 湊! 彼女は! 運命の番で!」
「触るな! 何が違うんだよ! ……僕たちの四年間は、そんなものに負ける物だったんだね」
「……ちがっ、違うんだ……これは! 俺自身の感情じゃなくて!」
そんな感じで、しどろもどろで言い訳をしていた。ドアの前に立っている僕の前に、土下座をしていた。
そんな彼を上から見下ろして、自分でも驚くくらいに冷静だった。百年の恋も、冷めるってこのことを言うんだな。
僕は溢れそうになってくる涙を、必死で押さえ込んだ。そして静かに振り向いて、ぼそっと思ったままに告げる。
「……気持ち悪い」
「み……なと! 違うんだ! 待ってくれ!」
僕は大声で僕の名前を、呼んでくるこいつを見る。そこには、嫌悪感しかなかった。僕は無言で深呼吸をして、左手の薬指の指輪を取った。
寝室で泣きじゃくっている彼に声をかけて、指輪を彼の手に乗せる。彼が絶望の表情を浮かべているのが、目に入ってくる。
その間にベッドに横になっていた女が、急いで帰って行った。そんな奴のことはどうでもいい。
香水の匂いをプンプンさせていて、僕は一瞬で香水の匂いが嫌いになった。僕は自分でも驚くくらいに、冷酷に淡々と告げた。
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