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「え、なんで?」
彼を見つめている内に自然と涙が零れていた。
「う、あ、えっと。違うの、違う。ごめんなさい」
笑いながら涙を拭う私に、彼はホッとしたように微笑んだ。
遠くで私を呼ぶママの声と、もう一人隣にいる女の人が。
「壮馬! ご挨拶して、お向かいに引っ越してきた七瀬ちゃんだって」
母親同士が笑顔で挨拶を交わしているのを見て、残ってた涙を拭う。
「七瀬ちゃん?」
「うん! あ、あの、私のこと……」
「え?」
「ううん、あの、壮馬くん、よろしくね」
「うん、よろしく! ボクの家も昨日引っ越してきたばかりなんだ」
ニコリと笑った彼の頬に二つ並んだホクロがあって。
ああ、やっぱり、あの人だと思った。
いつかきっとまた会えるからと、サヨナラも言わせてもらえないままで、離れてしまったあの人だと。
昔々、見渡す限りの田んぼが広がっていたはずの景色は、桜並木と川と見覚えのある丘を残して新しい家が並ぶ。
私たち、また巡り合えたんだよ。
そう感動している自分とは対照的に、壮馬はガッカリするほど何も覚えていなかった。
私のことも、この街に住んでいた昔のことも、そしてあの大切な約束も。
思い出してほしくて、一つだけ大事な約束を打ち明けようってゲームを持ちかけたのに。
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