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8、赤坂
一木は辟易していた。
神澤社長は52で出来た一人娘に大甘もいいところで、何かというと一木を自宅に呼び出すようになってしまった。それは、つまり自分の本当の主に呼び出されているということだ。
二重人格かよと思うほど、父母にする顔と一木に見せる顔が違う「お嬢様」の相手をさせられる。
このメンチを切るお嬢様との付き合いも後1年無い。4歳で凄んでくる。水川の儀式が終わったら、記憶が無くなり唯の可愛い5歳児になる。それまで暫くの辛抱だと一木は自分に言い聞かせてきた。
その日のお嬢様は「一木、動物園連れてって!よう、今日がいい!」とワガママな大嘘をこいていた。わざと両親が出かける日を選んで言いやがる。
「今日がいい!今日がいい!え〜ん。」と嘘泣きまでする。ひたすら地団駄踏んで「キリンさん、パンダさん……うぁ〜ん!」更に大声で泣く。両親共に50代で授かった一人娘をあやしながら、チラリチラリと一木を見る。
少し引き攣った笑いで一木は言う。いつものことだ。
「私でよければ、お嬢様のお供をいたしますが……。」
その後の一木は運転手だ。車は社長の自家用車。ト○タの黒のセン○ュリー。お嬢様は後ろで踏ん反り返っている。
社長は国産車しか乗らない。車内は贅を尽くしてある。
「おい!イチキ!安全運転で早くしろ!」と4歳のお嬢様は男のように脚を開いて座っている。
「お嬢様。その格好ですとパンツが見えますが。少しは女の子のふりをしてください。」
陽は、慌てて膝を閉じる。ずっと袴で気にしたことがないのだ。子供なのでスカートは短い。
その日、本当に行きたいのは赤坂のメンタルクリニックだった。
車を時間貸し駐車場に停めてクリニックの向かい側に一木とお嬢様は立っていた。
そして30分そのまま。流石に疲れてきたので一木は女王に言った。「何をしたいんですか?」
「出待ちだ。」
ふん、なるほどと一木は推測した。
「浮気相手と会いたいんですね。」
「浮気相手ではない!我妻じゃ!」
「だって、カケル様というご夫君がいらっしゃるではありませんか。」
「カケルは我が子らの父。我の夫ではない。我は未婚だ!彼奴とは認識が違っている。それで皆が誤解しているのだ。」
「詭弁という言葉をご存知ですか?ならば、なぜ離宮をお与えになったのですか?」
「皇子と皇女の父だからじゃ。それだけじゃ。我は高天原において彼奴とは、儀礼的にしか接しておらぬ。平均して2年に一度しか会うておらぬ。しかもヒビキを筆頭とした離宮の世話人達が共に居てしか会うておらぬ。そもそも結婚しておらぬから離婚もできぬ。」
一木には浮気の言い訳にしか聞こえなかった。
「いつまで出待ちするおつもりですか?」
「出てくるまで。もう珠を掛けられる日まで一年切っておる。会いたいのだ。見るだけしかできないが………会いたいのだ。」
市松人形が涙を溢している。小さな体で唇をかみしめて。一木は、こんな表情をする女王を初めて見た。
朝10時半から出待ちをして4時になったので一木はお嬢様を連れて帰ることにした。帰りましょうと言ったらお嬢様は泣き出したが、4歳の子供を連れ回したと一木が社長から叱られると言うと素直に従った。
王宮マンションに帰る間も車の中でお嬢様は、ずっと泣いていた。大声ではなくて声を殺して泣いていた。
それからも度々一木は社長から陽と出かけてあげてくれないかと頼まれた。
一木は毎回お嬢様を連れて赤坂に行く。陽は知らなかった。葵が大学の講義を受け持ち始めたことを。
何度か空振りした後、自宅マンションの方で出待ちをすることにした。
もちろん、中には入れない。引っ越したかもしれない。それでも、水川との縁を作りに行く日まで諦めたくなかった。
一木の方は、マンションの方が人目につくので嫌だった。それでも、あの女王の哀しげな顔を見るのは、もっと嫌だった。メンチ切ってくれていた方が未だマシだと思うようになっていた。
「いざとなったら、私をお父さんと呼ぶんですよ。」と言って一木は、度々、陽を抱っこするようになった。
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