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9、新宿駅西口バスターミナル
我が家の子供達は、あまり我儘を言わない。その中でも特に大人しいのが長男の翔太だ。
この子は、とても勉強ができる。本来なら中学から私立に入れた方がいいんだろうが、自宅が山奥すぎる。私立の中高一貫なんてない。
本人が望むなら、兄の光に頼んで中学から都区内で下宿もあるかも知れない。
翔太は運動が苦手だ。コミュニケーションも苦手だ。勉強だけできる。顔は私に似ている。つまりは田中翔に似ている。
二番目で長女の亜衣は、その真逆を行く。少しもじっとしていられない。女の子にしておくのは惜しい……この言葉は不適切だな。
三番目の穂高は、お調子者だ。愛されキャラだ。末っ子なので余計にかもしれない。でも、YouTubeの変な動画の真似が好きだ。どこの保育園にもいるバカな男の子そのものだ。
私、田中海斗は、少々複雑な子供時代を送った。長男は8歳、長女は6歳、お調子者は4歳。3人の子供と妻の文恵とじいちゃんと6人で暮らしている。普通に幸せに暮らしている。
じいちゃんは76歳。田中家のレジェンドだ。私たち夫婦は地元の高校の同級生で今年31になる。
翔太が生まれた頃、自分は、ちゃんとした父親になれるのかと悩んだが、なったらなったでなるもんだと今は思っている。
翔太に関しては、あんなに大人しい性格になってしまったのは、翔太が私の父親の生まれ変わりだと思い込んで厳しく躾けた私のせいだと思っている。まぁ、私自身も子供の頃は常に自分を明るく見せていたので、どう変わるのか分からないのが子供だ。
その日は日曜だった。
珍しく翔太が朝からゴネ出した。「新宿のアニメショップに行きたい。」
翔太が、8歳という年齢に合わない大人アニメが好きなのは知っていた。エロいのじゃなくて少々残酷系。
ふみちゃんに「行ける?」と訊いたら今日は町内のイベントがあると言う。私には手がかからない翔太を何時も放りっぱなしにしていた罪悪感があった。
幸い今日は何も予定がない。亜衣と穂高は、ふみちゃんがイベントに連れて行く。
翔太と出かけることにした。
目的のアニメショップには行ったが、翔太の欲しいものは無かったらしい。翔太は、またグズグス言い出した。うるさいので手を引いてデパートに行こうとしていた。KO百貨店だ。そう。あれは西口だった。
バスターミナル。
いきなり翔太が私の手を振り払って走り出した。路線バスが行き交う車道に出た。
バス停で並んでいる人並みから小さな女の子が飛び出した。どっちが先だったのか分からない。
とにかく、二人ともバスの前に飛び出した。
そこにいた全員が子供が二人轢かれたと思ったと思う。
バスは二人の子供達の前30センチで止まった。二人はバスの前で倒れていた。
女の子の方のご両親は半狂乱になっていた。私は、翔太がゆっくり立ち上がって「あれ?僕、なんかした?お父さん。」と言い、怪我もしてないようなので、そのまま帰ろうと思った。女の子のご両親と話をしようと近づいた。その女の子のご両親は、かなり年配だった。孫かなと思った。
「心配ですよ。見たところ二人とも怪我はないですが、後日何かあったらどうします?」と女の子のおじいちゃんだか父親だかが、私に食ってかかってきた。
おばあちゃんだか母親だかは本気で泣いていた。
海斗もここでは済まないと観念して、大人3人で相談して病院に行くことになった。海斗が、5歳くらいの女の子を見ると、その全身から煌めく白の気が立ち上がっているのが見えた。
………お母さん………女の子が母と同じ微笑みを浮かべて立っていた。
一通りの検査が終わって、海斗は翔太を連れて帰ろうとした。すると、先ほどまで取り乱していた女の子の父親が近寄ってきて謝ってきた。
「申し訳ありません。あなたの大切な時間を奪ってしまった。私たち夫婦は心配性でして。この子は奇跡の子なんです。私が52歳で妻が49歳の時、神様から授かった娘なんです。遠に諦めていた子供です。」と言って父親は名刺を出してきた。
その姓に海斗は驚愕した。「神澤」アイツの実家?海斗の表情が変わったのを神澤は見逃さなかった。
「どうしました?」
「私の父の旧姓が神澤です。父は養子に入って田中になりましたが……。
私は名刺を持っていません。奥多摩にある小さな神社を守る神職です。神主ですよ。田中海斗といいます。」
「ひょっとしたら、親戚かもしれないですね。調べてみます。」と神澤哲郎は言った。その後はお互いに連絡先を交換した。
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