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10、来降(らいがう)の儀
陽が「お父様、あの男の子が庇ってくれたの。」と言うので、お礼のご挨拶に行かなければと神澤哲郎は思っていた。
調べてみたら、本当に遠い親戚だった。
神澤哲郎は、神澤家について詳しく調べてみた。
神澤哲郎の先祖のルーツは奥多摩だった。5代前の本家の三男が明治時代に奥多摩から東京に出てきた。東京に出た神澤のその5人の子供のうちの一人が哲郎の高祖父だった。その高祖父が神澤工業の前身「神澤ポンプ」を大正時代に立ち上げたのだ。
5代前の神澤家本家の方は長男が継いだのだが、子供が女の子しかできなかった。その長女に婿を取り、本家は本家で続いていた。
田中海斗の父方祖父、神澤祐樹はその本家筋の男だった。神澤祐樹は生きていた。
さらに詳しい情報を探ると海斗の父、翔は祐樹から殆ど捨てられていた状態だった。祖父、祐樹が存命していることを田中家側には、漏らさないことを哲郎は決めた。
哲郎は、田中海斗に電話して「先日のお礼に伺いたい」と申し出た。年若い宮司である田中海斗は最初は恐縮していたが、「東京都の秘境をご覧になりにきてください。」との返事をもらった。
一木の運転する車で神澤哲郎、詩織、陽は指定の日に奥多摩の水川神社に向かった。
神澤親子が田中海斗、田中文恵、田中晃と対面し、頭を下げてお礼を言った。その後、神澤家ついて哲郎は話した。
「本当に親戚でした。そして、私の先祖は、この奥多摩から出て東京に行き、その子供が会社を立ち上げました。私の高祖父です。何代にもわたって仕事を繋いできたのは田中さんも私共も同じですね。先ほど、本殿の方を拝見させていただきましたが、本当に美しい。手入れも大変でしょう。」
「いや、それが神主の仕事なんです。掃除は基本のキと祖父に言われていますよ。」と言って海斗は笑った。
陽が「お父様。お父様とお母様は、お話ししてて。ようは、おじいちゃんにお守りを作ってもらいたいの。」と突然言い出した。
「お守り?この神社の?帰りに買ってあげるよ。」と哲郎が言うと「違うの。特別なのが必要なの。それが無いとダメなの。」とようは泣きべそをかく。
海斗は、「護り珠」のことを言っているのか?と驚いた。アレは一般に販売していないし、そもそも田中の本家の血を引いているものしか与えないものだ。文恵だって与えられなかった。やっぱり、お母さんの生まれ変わりなのか?新宿で見た色は今日は見えない。
「お嬢ちゃん。このお山にはいろいろな場所があるから一緒に行きますか?」とじいちゃんが突然言った。
「おじいちゃま、ように見せてくれる?お父様、お母様、おじいちゃまと行っていい?」
普段なら、初めて会った人と二人きりなどしないのに、何故か哲郎も詩織も「いいよ。ご案内してもらいなさい。」と返事をしていた。
「あ、一木も行っていいかな?」とまで付け加えて。
文恵が車で待っていた一木にそれを伝えると、一木は慌てて車のロックをして母屋へ向かった。母家の外でヒヒカリと女王が待っていた。
文恵は晃と一木と陽を残して母家の中へ入ってしまった。
3人だけになるとヒヒカリが「女王、そろそろ神力を使うと衣が痛みますぞ。」と陽に言った。
「今日中に珠を持って帰る。」と女王が答える。「次はアレだろう?アレの方がしんどいぞ。」
一木には、女王が言う「アレ」が何のことだか分からない。
ヒヒカリと女王は、さっさと同じ方向に歩き出した。一木は後をついて行く。数分歩くと建物が見えてきた。
「『離れ』じゃ。水川の儀式は此処で行う。10分で終わる。」
その建物は平家の一軒家にも見えた。でも、窓がない。明かり取りが数箇所だけ。引き戸を開けると2、30人の人間が座っていた。中央だけが空いている。鮨詰め状態だ。ヒヒカリと一木が入ると引き戸は閉じられ、中央に女王が立った。
晃が祝詞を唱え出すと、女王の全身から金色の光が噴き出した。光が離れの中を満たしていく。そこにいる全員が光に包まれる。終了まで約5分間。女王は、光を全員に与えるように四方を向きながら、両手広げ掌を上にして手前から外にゆっくり振る。金色の光が光跡を残す。
それは、神の降臨の儀式だった。これを「来降(らいがう)の儀」と呼ぶ。
田中陽が繰り返し見ていた夢は現実だった。こうやって労を労うのだ。分家の中身の高天原の者も外身の人間も。
分家に身体を貸すことになった人間には必ず礼をする。分家が去った後、身体を貸していた人間には何がしかの吉兆が訪れる。
我が「龍の島国」に降臨するのは今回で3度目。
1回目は………思い出したくもない。
降臨しなくても分家には、この金色の光を封じ込めた玉を持たせる。必ず、去る時に身体の貸し主となった人間に吉兆をもたらすように厳しく申し付けている。
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