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一木は女王の「衣」の異変に早々と気がついていた。
弱い。弱すぎる。神力と記憶を縛られた途端に一人で歩いて出かけることもできない身体になってしまった。神澤会長から、娘の足になってくれと頼まれた。断るわけはない。喜んで承知した。
会長と一緒に仕事をして、陽の歳が離れた兄の役割もするようになった。陽の通学の送り迎えをし、水川へ行く時は付き添った。水川ではヒヒカリにも相談した。高天原に帰っていただいた方が良いのではないかと。
ヒヒカリも頭を痛めているようだった。何故、「青の離宮」の主が絡むと物事が上手く進まなくなるのだろう。『囲み』も失敗。このままでは『捕縛』も失敗しか見えない。今、翔太を殺して中身を引き摺り出すではダメなのか。
ヒヒカリは子供を殺すのは絶対にダメだという。人間の子が死ぬ。それが定めなら仕方ないが、柱が人の子供を殺めるなどあってはならないと言う。
人間の子供の身体に「魔物の様な柱」が眠っている。どちらを本体かと見れば、中身の方だろう。一木は納得がいかない。
陽は、その環境に相応しく悪意など持たない少女になった。その分、無防備だ。
学校に通い、お稽古事の集まりに行く。振袖を着ると本当に「市松人形」にしか見えない。もう、メンチ切って片方の口角を上げることもない。中身は女王のはずなのに、全く雰囲気が違う。
「衣」を纏うとは、こう言うことなのか?
陽は本当に普通の女の子だ。勉強も自分でできる。成績は普通。それよりも茶道と香道に熱中している。自分より、ずっと年上のご婦人方と相槌を打ちながら席を共にする。
その横顔は子供ではない。子供、大人以前に「静謐なる者」という言葉がよく似合う。
一木に見せる顔は、子供っぽい笑顔だ。
陽のことが心配で心配でたまらない。胸が苦しくなるほど。
一木は陽をお姫様抱っこして長い階段を登る。
陽は「重いでしょ?ごめんなさい。」と言う。重くない。一木は、もっと重ければいいのにと思わずに居れない。
陽と一緒に一木が長い急勾配の石段を登る時、いつもそう思う。
海斗は複雑な気持ちにとらわれる。
翔太は、ずっと良い子だ。もう16歳。奥多摩の都立高校に通っている。
勉強は、やはり桁違いにできる。高校受験の前に受けた全国模試で10位以内に入った。
海斗は翔太に「お前は勉強がズバ抜けてできる。どんな職業にでも付ける。後継に拘らなくて良いんだよ。」と言った。すると、翔太は家を継ぐと言う。
「お父さんみたいに、好きな人と結婚して家庭を持つんだ。それ以上の幸せは人間にはないよ。」と答える。そして、大学は海斗と同じ所に行くと言う。
海斗は、翔太が自分の実の父親の「生まれ変わり」だと決めつけてきたことを後悔していた。
海斗が境内の掃除をしていると、一木が陽とやってきた。亜衣と陽は境内で待ち合わせをしていた。
亜衣が社務所から出てきて、陽が何かを渡している。棒付きキャンディだ。二人で社務所に入って行った。
一木はじいちゃんと仲がいい。海斗は、一木が見ている方向が変なのに気がついた。
翔太を見ている。いや、睨んでいる。翔太は竹箒で落ち葉を払っていて全然気がついていない。一木のあの目は「殺意」だ。
色も立ち上がっている。一木の色は紫。でも赤に近くなっている。海斗は慌てて声をかけた。
「一木さん。どうしたんですか?怖い顔をして。」
一木は、海斗の声で我に返った。「すみません。ボーッとしていました。晃さんは?」
「蔵にいますよ。イキナリ入ると怒鳴られますよ。」
「気をつけます。」と一木が笑いながら蔵の方に行った。
一木のあの目、あの色は只事ではない。海斗は翔太が何かしたんだろうかと思い翔太に訊いてみた。
「一木さんと何かあったの?」
翔太は掃き掃除の手を止めて海斗の方を見て言った。
「あの目が怖いおじさん?殆ど話した事ないよ。なんで?」翔太は小首を傾げて逆に海斗に聞き返してきた。
「いや、なんでもない。何もないならいいんだ。」海斗はそう言って、その場を離れた。
海斗は嫌な予感がしていた。
それは、子供の頃にいつも感じていたものと同じだった。そして、それは必ず現実になった。
文恵と結婚してからは、感じたことがなかった。
何か恐ろしい出来事が先に待ち構えている……。
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