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12、名刺
お母様が、病気になって自宅療養することになった。私は後で知ったのだけれど、その時には既に手遅れだった。
手術も出来なかった。
お母様の願いは最後まで家族と一緒に居たいという事だったのだ。たったの3ヶ月、療養してお母様は天国に旅立った。
私が産む孫も見ないで。
お父様は気丈に振る舞っていたけれど、ちょっとしたことで涙ぐむ。お父様には涙は似合わないのに。
私は、悲しくて悲しくて、ずっと泣いていた。私はお母様が49歳の時の子供で両親に大切に大切に育てられた。
早く親孝行をしたいと思っていたのに、間に合わなかった。
今、私は14歳。全然間に合わないよ。お母様は最後まで私の心配をしていた。
私が部屋で泣いていると一木さんが来て隣にいてくれる。涙でボロボロになって鼻水垂らしてると、一木さんは自分のハンカチを渡してくれる。私が、しゃくり上げながら一木さんの手を握ってもそのままでいてくれる。
1ヶ月たっても、2ヶ月経っても、突然涙が込み上げて来て「悲しい気持ち」に私は支配されてしまう。元々痩せっぽちなのに、ご飯が食べられないから、もっと痩せちゃって、ベッドから起き上がれなくなってしまったの。
そのうちに、眠れなくなってきて24時間泣き続ける感じになってしまった。学校なんて行けるはずもなく、お風呂にも入りたくなくなり、体重がどんどん減って、このまま消えてしまうんじゃないかって思った。消えたら、お母様に会える。それを思うと、また涙が止まらなくなる。私はお母様に会いたいの。まだ、14歳の子供なんだから我儘じゃないよね。
一木は陽が気の病になっていると思った。
不老不死の高天原に存在する唯一の病が「気の病」だ。女王は「気の病」ではないかという噂が昔からずっとある。
前回の『囲み』の時にも「気の病」に罹っている。
父親である神澤哲郎も娘の様子がおかしいと気づき始めた。児童精神科を色々調べていた。
一木はしばらく悩んだが、女王から預かっている2枚の名刺を神澤に見せた。
「これは?」
「私が知っている精神科医です。赤坂でメンタルクリニックの院長をしています。多分、今も。だいぶ前になりますが、私の知人の鬱を完治させました。」
「ふぅん。大学の先生もしているんだね。」と神澤が興味を示した。
「ほぼ10年前に先生にお目にかかっています。お元気でしたら64歳です。」
「どの程度の医者なのか、調べてみる。ありがとう。一木。」そう言うと神澤は2枚の名刺を引き出しにしまった。
名前 早川 葵(はやかわあおい)64歳
T大医学部卒
早川メンタルクリニック現院長
専門 気分感情障害及び薬理。
「ハヤカワーズ」と呼ばれる数十名の患者集団が存在する。
現在初診は担当していない。
患者から慕われる医師であり、その面談の巧みさに定評がある。
神澤が調べて集まった医師の情報は以上だった。
「ハヤカワーズ」ってなんだ?と神澤は思った。神澤は東京都医師会の知り合いに電話をかけた。相手も医者だった。
「ああ、それね。早川先生以外の医者は信じてない患者さんのこと。すごいよ。何十年も先生に付き纏ってるから。みんな筋金入りの患者。殆ど信者。精神科って治療期間が長いのよ。薬の副作用もとんでもないからね。そんなんで、先生は初診をやめたの。今の患者さんに最後まで寄り添うって。なんで、早川先生のこと知ってるの?」
「うちの秘書がね、名刺をもらったんだよ。」
「それ、すごく珍しいよ。名刺は出さない主義だから。あの先生。実家もすごいんだよ。S玉県S玉市の早川総合病院。もう、殆どフランチャイズ。S玉と東京に系列クリニックがゴマンとある。一族全員、医療従事者。結婚相手は金融関係。なんか怖いよ。」
「どうしたら診てもらえるかな。」
「名刺もらった秘書を通じればなんとかなるんじゃないの?」
神澤哲郎は、一木を呼び出して早川先生に陽の診察を往診でお願いしてきてほしいと頼んだ。
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