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13、綾瀬M③青い海と青い空
早川先生。
この手紙を先生が読んでいるのだとしたら、私は既に、この世界に居ません。この手紙は、私が、最も信頼している人に預けていた手紙です。
彼が私の死亡を確認したら投函すると約束してくれました。約束事は他にもあります。自殺だったら出さないでくれと頼んであります。
だから、私には普通にお迎えが来たのです。
長いこと先生にはお世話になりました。
私は先生に幾つかの隠し事があります。男性関係は清算し、男とは縁を切ったと言いながら、10年前からニューフェイスが登場していました。その彼が、この手紙を投函したんですよ。またまた、不倫です。
でも、彼は10年以上前から奥様とは別居していました。なんか色々あるみたいで離婚はできないんですって。
そんなの、どうでもいいじゃないですか。
私たちはお互いの家を行き来しながら、普通にご飯食べて一緒に寝ていました。クリニックへの送迎も彼がしてくれていたのです。
私たちの間には金銭的依存も存在しません。いつも割り勘。プレゼントは私が嫌がるので、いつの間にかナシになりました。
ただ、彼はアートの世界の人なので作品をくれるのです。彼が作った本当の1点ものです。彼はプロの職人です。
同居はしないというのも私の提案です。行きたい時には勝手に一人でどこにでも行く。これも私たちのスタイルです。
私が何故、クルーズを愛していたか先生には知ってほしいんです。これが本題です。
初めてのクルーズ。それは1500人の乗客の内、日本人は27人しかいない。そんなクルーズでした。私は大して金持ちじゃないので、アメリカの旅行会社を通じてボーディングチケットを取りました。
シングルユースで28万円。18日間のクルーズでした。グレードアップされて実際の部屋はスイートデッキでした。
他の日本の方々は、日本の旅行会社のツアーで乗っていました。如何にもお金がなさそうな私がスイートデッキで、それが面白くなかったんでしょうね。酷い嫌がらせを受けました。彼らは一つの部屋を2人でシェアして1人50万以上払って船底部屋なんだから、ムカつくのもわかります。
あの頃の私は「障害者の入門編」で無防備でした。真っ赤なヘルプマークをバッグに付けていたんです。
「なんの病気なの?」と粘着され、最後には「分かった!あなたコレでしょう?」と言って頭の上でクルクルされました。
私がエステで買い物をすれば、「何を買ったの?」とまたまた粘着。一緒にお食事しましょうと彼方が言ってテーブルをご一緒したら「資産家は違うわね!」と半分怒鳴ってナイフ、フォークをガチャンとお皿に叩きつけるんですよ。
日本人、かなり恥ずかしいです。当時の私は50代初めでした。私よりずっと年配の70を過ぎた人たちがこうだったんですよ。
いい意味でも悪い意味でも、日本人には気をつけることにしました。英語は少し話せるので、それも勉強したから、話せるようになったのに、英語で話していると嫌がるんです。日本人の他のゲストは。
私の英語が完璧じゃないから、私のような恥知らずじゃないから。
それが理由のようです。
「精神障害者」であることは、思ったよりキツかったです。
障害年金のことは言えないです。特に私のような双極性障害の混合は。性格にしか見えないもの。
「障害年金をもらっているだけで詐病、詐欺師扱いですもん。年金事務所でも言われましたよ。
薬でぼーっとしてお金払うのを忘れたら万引きの疑いで捕まったりするんです。
障害者手帳を持っていても、そのまま警察です。
倒れそうなほど身体がキツイのにシルバーシートに座ると年配の方が前に来て睨むんです。
躁転してキレちゃうと、何もかも私が悪いって方向で確定です。
ヘルプマークで差別されてしまうのです。
あんなモノ付けられない。意味あるんでしょうか?
正直言って辛かったです。
生きているのが辛かったんです。
私は、東京の街中を歩いていても一人ぼっちでした。
こんなに辛いのに、それが誰にも分かってもらえない。普通に見えますからね。本当の孤独です。
だったら、最初から一人で海の方がいいじゃないですか。
私は船の1番上のオープンデッキが大好きです。
大体人がいなくて、360度海なんですよ。
自由になったと、あの景色を見ると思うんです。
スマホで音楽を聴きながら、海と空の写真をたくさん撮るんです。
いつか、きっと私も空にいくから。
クルーズって言うとお金持ちとか、どちらかというと軽薄なイメージです。
でもね、船の中の過ごし方は自分で選べるんです。特権階級だと勘違いするも良し、一日中酔っ払うも良し、私のように海を眺めるも良し。
人生において、ほとんどの人間が多分何一つ自分では選べないんです。
私が、この病気を自分では選べなかったように。
選べないのは、みんな同じ筈なのに。
私には、二人の伴走者がいました。私の彼と先生です。私も立派な「ハヤカワーズ」です。
他の「ハヤカワーズ」のメンバーはまだまだ走るんだろうな。見てますよ。みんなをよろしく。先生。
本当に、ありがとうございました。
綾瀬M
この手紙が私、早川葵に届いたのは、綾瀬さんが初めて面談予約をすっぽかした3週間後だった。その前の面談で英語の診断書を渡していた。
私は若い頃、自分の患者が自死する度に泣いていた。当時のベテラン看護師に「絶対に乗り越えなければならない壁」と諭された。
手紙の差出人は書いていなかった。私はパソコンを立ち上げて綾瀬さんのカルテに「患者死亡により終了」と打ち込むだけだ。この手紙も今まで手紙をくれた患者同様、燃やす。
私は、いつも自分は無力だと思い知らされる。
綾瀬さんが書いていたように精神障害に対しての障害者差別、侮蔑、偏見は今も消えることはない。
それなのに今の時代は、言葉だけを狩る。障害者を障がい者に。それに何の意味がある。
世の人々は目に見えるものしか理解出来ない。
私が最後にできることは、退場した一人一人に「お疲れ様。ゆっくり休んでくだい。」と呟くことだけしかない。
「ハヤカワーズ」と自称する患者さんは、未だ300人くらいいる。一体、誰が名付けたんだか。。。
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